養殖マダイの脊椎骨異常に関する研究
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概要
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マダイPagrus majorは養殖対象魚種の中でも最も生産技術が進んでいる魚種であるが,現在の生産技術においても少なからず形態異常が発生し,生産効率だけでなく販売価格の低下を招いている。形態異常の問題を解決することは,養殖経営における生産効率の向上に貢献するだけではなく,形態異常の防除は安全な食品として養殖魚を消費者に提供するという養殖産業界の姿勢において重要である。さらには,我が国で広く行われている種苗放流による天然資源増強の効果を上げることにおいても形態異常の防除は重要な課題である。このような背景から,本研究では,マダイの優良種苗生産のための技術開発に資する目的で,養殖用種苗に発生する形態異常,特に短躯症について,その症状の詳細な把握,発生の原因解明といった基礎的知見と,その発生の防止に向けて生産現場において直接利用できる応用的知見を得ようとした。本研究において得られた結果は次の通りである。第I章1節では,産業規模でのマダイ種苗生産において,どのような異常がどの程度発生しているのか把握することを目的として,選別調査より形態異常の種類およびその発生率について調査した。2節では,マダイの生産現場で発生する主な形態異常の透明骨格標本を作製し,その骨格異常を形態学的に検討した。I-1-1: マダイ種苗生産における短躯症の発生率は3.54から7.25%の範囲で,いずれの生産年度においても短躯症はすべての形態異常のなかで最も高率かつ恒常的に発生していた。I-2-1: 頭部の形態異常,背鰭担鰭骨の異常,吻部のねじれ,パグヘッドネス,脊椎側弯症,前弯症などの短躯症以外の形態異常については,ほぼ1%以下と低率であった。第II章では,マダイ種苗において最も高率に発生する短躯症について,原因解明のファーストステップとして,その症状を詳しく解析した。II-1: 短躯症の外部形態の特徴として,正常個体に比べ躯間部が短いだけでなく,体高も有意に高いことがあげられる。II-2: 短躯症に最も多くみられた脊椎骨の異常は,形態学的,組織学的検討の結果,脊椎癒合ではなく椎体欠損である。また,次いで多くみられた症状は短縮椎体であり,正常椎体に比べ椎体長と椎体径が約10%程度短縮していた。これら2つの症状は短躯症の約90%を占めた。II-3: 短躯症は異なる系統の親魚を用いても毎年恒常的に発生する。また,短躯症個体の咽頭骨組織や血液性状は正常個体と比べて有意な差が得られなかったことから,生産現場で発生する短躯症の原因は,遺伝的および栄養学的なものではなく,飼育環境的要因により発生すると考えられた。第III章では,椎体欠損症の原因として,環境要因である低酸素の影響や高水温の影響について検討した。III-1-1: マダイの胚発生期において,溶存酸素濃度10.3〜16.6%で6時間処理を行い,体節形成期のみで椎体欠損が発生し,低酸素が椎体欠損の原因の1つであることが明らかとなった。III-1-2: 胚発生期に低酸素で処理した個体の孵化仔魚で観察された体節分節異常の発生部位と,稚魚で観察された椎体欠損の発生部位には,有意な位置的相関が見られた。この結果より,体節分節異常は椎体欠損の前駆症状であることが示唆された。このことは,仔魚期の段階で椎体欠損を予測することができ,生産現場において椎体欠損発症の早期発見につながると考えられた。III-2-1: マダイ胚発生期の10体節形成期前後に培養水温より2〜10℃および5〜30℃の高い高水温での処理を,1〜300秒の短時間および5〜180分間行った。しかしながら,孵化仔魚には体節分節異常は発生せず,高水温ショックは椎体欠損の原因ではないものと考えられた。第IV章では,実際の生産現場での環境を考慮して,第1節ではマダイ卵の酸素消費量を測定し,卵が密集した場合についての酸素消費を検討した。第2節では様々な濃度と時間によって低酸素処理を行い,椎体欠損の発生率を見積もった。IV-1-1: マダイ体節形成期の単位時間当たりの酸素消費量は,それぞれ,3.67,4.67,および6.67μl/ind/minであり,水温の上昇とともに増加した。桑実胚から孵化までの卵1粒あたりの総酸素消費量を算出すると,16℃,19℃,および22℃では,それぞれ1.35,1.20,および1.09μlであり,水温の上昇とともに総酸素消費量は減少した。IV-1-2: マダイ受精卵が水面で密集した場合,密集する卵数によって変化はあるものの,密集層における間隙水の溶存酸素濃度は約10分で0%になると予測された。IV-2-1: マダイ体節形成期に,溶存酸素濃度10および0%で120分間低酸素処理を行った場合,ほぼ100%で体節異常が発生した。また,溶存酸素濃度が0%の場合10分以上の処理時間で体節異常が発生し,短時間で椎体欠損が発生することが予測された。IV-2-2: 溶存酸素濃度が0%の場合,その処理時間によって体節形成が停止し,孵化の遅延が生じた。種苗生産の過程で,胚発生期に急激に低酸素状態になることは,浮上卵と沈下卵の分離作業時だけでなく,卵輸送時でも輸送容器内での海水の撹拌が行われない場合は十分に起こりえる得る現象である。本研究の結果からも,非常に短時間で低酸素の状態になり,椎体欠損を引き起こす可能性が推察される。したがってこのような過程では,溶存酸素濃度の管理に十分注意を払うとともに,既存の採卵方法や輸送方法を改善する必要があると思われる。本研究では,椎体欠損による短躯症についての原因とその防止策について検討した。しかし,その発症のメカニズムについては解明できていない。したがって,今後は分子生物学的・生理学的手法などを用いて発症のメカニズムを明らかにする必要がある。また,椎体欠損の原因は腔発生期における酸素不足のみではないことも考えられる。したがって,今後培養水中のアンモニア濃度や抗生物質投与の影響など,その他の要因についても検討する必要がある。椎体の欠損はマダイに限らず,ブリ,ヒラメ,シマアジなど多くの養殖対象魚種で発生し,本研究で得られた知見は,マダイだけでなく他の養殖対象魚種に応用することができる成果である。しかしながら,形態異常には数多くの症状があり,本研究によってもそのほんの一部が解決されたにすぎずない。今後は,各魚種において本研究で行ったように選別調査,症状の詳しい解析,飼育実験を通じて,形態異常の原因を明確にし,その防止策を検討しなければならない。そうすることにより,効率的な生産かつ安全な養殖魚の生産に結びつくものと考えられる。
- 2004-03-25