長崎『鎮西日報』の論説記事におけるいわゆる外国人内地雑居問題
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概要
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本稿之目的為検討明治27〜32年間長崎之雑居内地外国人問題。使用史料為当時刊行于長崎之新聞鎮西日報。鎮西日報之論説根本、持以社会分為官・民両方之見解、官方熱衷于改正条約実施之準備、但長崎市民之準備不週全。此係因同紙站在官方立場之性格有関。長崎為鎖国時代唯一之外国貿易港、開国後設置居了居留地而与外国人交流。対持有如此歴史特性之長崎、鎮西日報之論者意識到了、但不認為此特性有益于雑居内地之功效。又関于当時成為問題之中国人雑居問題、与横浜貿易新聞或東京朝日新聞・大阪毎日新聞等論、相較之下似乎亳不関心。
- 大分県立芸術文化短期大学の論文
- 1988-12-31
大分県立芸術文化短期大学 | 論文
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