タイ国乾性常緑林における樹体内の光合成産物の動態に関する研究
スポンサーリンク
概要
- 論文の詳細を見る
熱帯林の減少が地球規模の環境問題として注目を集める中、森林の減少が著しいタイにおいても、残された森林を保全し、修復する事が緊急の課題となっている。森林を適切に管理していく上で、個々の樹木種の生態生理的特性を明らかにする必要がある。林内では光環境が目まぐるしく変化する為、いかにして光合成産物を効率よく生産し、分配、利用できるかが、樹木が林内で生存し、生長していくうえで重要となる。本研究ではタイ国乾性常緑林を構成する樹木種について、樹体内の光合成産物の動態を明らかにすることを目的とし、林内に生育する成木について、葉・枝・幹・根の炭水化物濃度の日変化を解析した。更にモデルを用いることにより葉内における光合成産物の動態および葉からの転流速度を解析した。調査はタイ東部のカオ・アン・ルー・ナイ野生生物保護区でおこなった。同保護区の平均気温は31.3℃で、年降水量は1882mmである。この地域は熱帯モンスーンに属し、5月から10月は雨季、11月から4月にかけて乾季となる。調査をおこなうにあたって、同保護区の乾性常緑林内に50mX50mの調査区を設定した。調査区内では胸高直径4cm以上の樹木が74種、491本(1964木/ha)出現した。まず樹体内における光合成産物の動態を明らかにする為に、乾性常緑林において、林冠構成種の一つであるHydnocarpus ilicifolius(イイギリ科)の葉・枝・幹・根について、スクロース、ヘキソース、澱粉の濃度の日変化を調べた。その結果、非構造炭水化物の全量(Total Non-structural Carbohydrate;TNC)の濃度変化は、どの器官もベースラインとベースライン上に現れるピークから構成されていた。このベースラインは各器官におけるTNCの季節レベルの貯蔵量であると考えられた。TNC濃度のピークは、葉>枝>幹上部>幹下部>根、のように採集された器官の地上高が低くなるに従い小さくなった。各器官でのTNC濃度のピークはそれぞれ上方の器官のピークから3〜9時間遅れで現れた。ピークが上方からの炭水化物の移動によって現れるとした時、求められた炭水化物の移動速度は、枝から幹ではO.67〜0.98m/hrで、幹から根までは0.40m/hrとなった。この値はこれまで発表された転流速度の範囲内(O.20〜1.25m/hr)にあり、本結果のTNCピークは光合成産物のマスフローを示していると考えられた。日中、葉内において澱粉濃度は一旦上昇した後、減少に向かい、それと同時に糖濃度が上昇した。この結果は、乾燥に対して効率よく光合成生産する為に、葉内の澱粉を糖に置き換えた為と考えられた。幹や根では糖濃度と澱粉濃度が大きく変化したが、それぞれ逆の変動を示した為に、結果的にTNCの濃度変化は小さくなった。樹体内における炭水化物の日変化の変動はこれまで発表されている季節変化の範囲とほぼ同程度であった。植物体における炭水化物の動態に関する研究、特に季節変化の研究をおこなうとき、この大きな日変動を考慮に入れるべきであることが示唆された。次に葉と植物体の間における炭素の動態を明らかにする為に、光合成速度の連続測定と葉内の炭水化物濃度の日変化を測定し、コンパートメントモデルを用いて解析した。測定対象木には林冠構成種としてH.ilicifolius、林床低木種としてGlycosmis parva(ミカン科)を選んだ。モデルでは、光合成による炭素吸収量から葉内炭水化物の増加量を差し引くことによって、光合成産物の動態と葉からの転流速度を求めた。H.ilicifoliusでは、同化された炭素は午前中は澱粉として貯蔵されるが、その後夕方まで単糖として貯蔵されることを示した。また日中に葉内の澱粉が単糖に変わることが確認された。転流は夜だけでなく、日中でも光が弱いときに起こることが明らかになった。G.parvaでは転流は常に起こっており、サンフレックスがあたった時に最も転流速度が高くなった。この結果は「最終産物阻害」を回避して、光合成能を最適にするために、葉内の糖・澱粉が転流されたと考えられた。このようにどちらの種についても日中の転流が起こっているが、その動態は林冠構成種、林床部低木種の間で異なっていた。また1日で同化される炭素のうち葉内に澱粉として貯蔵される割合はG.parvaがH.ilicifoliusを上回るなど、同化した炭素の分配に違いが見られた。
- 2005-03-26
著者
関連論文
- 花実でわる樹木 951種検索, 馬場多久男著, 信濃毎日新聞社出版, 2009年1月, 416ページ, 3,675円(税込), ISBN978-4-7840-7093-0(ブックス,Information)
- タイ乾燥常緑林における樹木の光合成産物動態II. Hydnocarpus ilicifolius と Glycosmis parva の葉内における光合成産物の動態のモデル化
- タイ乾燥常緑林における樹木の光合成産物動態I. Hydnocarpus ilicifoliusの樹体内における糖・澱粉濃度の日変化
- タイ国乾性常緑林における樹体内の光合成産物の動態に関する研究
- 携帯式デジタル顕微鏡を用いた野外での熱帯樹種の気孔開閉観察と蒸散特性
- 焼畑における物質循環--焼畑初年度における炭素,窒素,カリウムの変化
- 異なった光環境下で生育するモミ稚樹の形態と光合成能力の変化
- マレーシア・セランゴール州における都市近郊林の変化に関する傾度分析
- 半島マレーシアにおけるフタバガキ科植栽苗の光環境と成長
- 半島マレーシアにおける熱帯樹木稚樹の光環境と葉の寿命・形態の関係
- 半島マレーシア人工林における汚泥堆肥の施肥効果
- 半島マレーシアにおけるコリドー造成の植栽苗の成長と生理生態特性
- 全天条件下における植栽直後のDyera costulataのガス交換および光阻害におよぼす人工遮光物の初期効果
- 裸地植栽における脆弱な熱帯樹種のための人工遮光物の試作
- 国際シンポジウム・ワークショップ 生物多様性・生態系保全と京都メカニズム--生態系保全と温暖化対策の両立へ向けて
- タイ東部における持続的森林管理の事例
- 東北タイ,ヤソトン県における渓畔湿地林のリター量分布