八甲田山の地衣類
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概要
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八甲田山の地衣類は, 19世紀のはじめにU.FAURIE師に依って始めて採集された。それらの標本はフランスの地衣学者A.HUEによって研究され, 彼の有名な著書"Lichenes extra-europaei (1888-1901)"に数多く引用されている。その後この山の地衣類は多くの研究者によって採集され各種の分類学的研究に使われている。一方, 故佐藤正巳博士は, 八甲田山の地衣類を精力的に研究し, 127種類の地衣類を報告するとともに, 八甲田山における地衣類の研究史を概説された(1965)。しかし, 近年の急速な地衣学の発展にともない, HUEや佐藤博士によって報告された種類についても, 近代的な手法に基づく分類学的再検討の必要な種類も多いと考えられる。本研究は, 国立科学博物館が実施した津軽海峡を中心とする地域の自然史科学的総合研究の一環として, 八甲田山で行った地衣類調査(1986年8月)の時に採集した約670点の資料を中心とする分類学的研究の成果の一部である。本論文ではスミイボゴケ属, カチラリア属, ダイダイゴケ属, チャシブゴケ属(広義), チブサゴケ属, ヘゴケ属(広義)を除く, 176種類の地衣類を報告した。その大部分は山地帯から亜高山帯に普通に出現するリトリものであるが, 新種(Bacidia hakkodensis)として記載したものをはじめ, 日本新産種(Geisleria sp., Melanelia disjuncta), 稀産種(Biatora vernalis)等の注目すべき種類も含まれている。以下これ等について述べる。Bacidia hakkodenis KASHIW. 南八甲田山系の乗鞍岳のオオシラビソの樹皮に蘚類と共に着生し, 直径30cmくらいに広がる。子器は淡色, 頭状, 径0.5-1.0mmで外国産のB. sphaeroidesに似ているが, 胞子が巾で大型(2.7-35×5-6μm)であるので区別でき。Biatora vernalis (L.) FR. 本種は北半球の山地帯に広く分布するが, 日本からはNYLANDER (1890)が富士山から報告して以来まったく報告されていない。しかし日本のブナ林や亜高山の針葉樹林帯には広く分布していると考えられる。Geisleria sp. Geisleria属はイギリスとヨーロッパからのみ知られているアナイボゴケ科の地衣類である。八甲田山頂上直下で採集した1標本は安山岩上に蘚類と共に生育していたもので, 固着性の地衣体と無色で4室の胞子を含みinvolucrellumの発達した直径0.8-0.9mmの被子器を持つ点でG. jamesiiに似ているが, 随層の中に緑藻と共にGloeocapsaと思われるラン藻を持つ点で異なっている。今のところこの地衣の本来の共生藻が緑藻であるかラン藻であるかは断定できないが, もし後者であればこの種類はGeisleria属よりもむしろXanthopyrenula属に近縁なものかも知れない。Melanelia disjuncta (EHRH.) ESSL. 本種は周極分布をするウメノキゴケ科の地衣類である。日本産のMelanelia属の種類としては, オリーブゴケM. stygia (L.) ESSL. やハクテソゴケM. olivacea (L.) ESSL. があるが, これらとは粉芽を持ちアレクトロン酸を含む点で容易に区別できる。次に各々の植生帯に特徴的に表れる種類を示す。ブナ林 : Anzia hypoleucoides, A. opuntiella, Brigantiaea ferruginea, Haematomma fauriei, Leptogium pedicellatum, Lobaria adscripturiens, L. fuscotomentosa, L. japonica, Nephromopsis asahinae, N. pallescens, N. ectocarpisma, Ochrolechia yasudae, Phaeophyscia pyrrochroa, Pseudocyphellaria aurata, P. crocea, Pseudopyrenula cinereoglaucescens, Pyxine limbulata, R. conduplicnas, R. sinensis, Sticta fuliginosa, S. nylanderiana. アオモリトドマツーコメツガ林 : Bacidia hakonensis, Cladonia cornuta subsp. groenlandica, Evernia esorediosa, Lobaria linita. ハイマツ帯一山頂の尾根部 : Cetraria juniperina, C. laeviganda, Cladonia alpina, Geisleria sp., Huillia flavicunda, Hypogymnia submundata, Melanelia disjuncta, M. stygia, Parmelia incurva, Pilophoron curtulum, Stereocaulon curatum. また次に上げる種類は花崗岩が裸出する岩倉山の頂上部の岩上でしか見つかっていない : Phylliscum japonicum, Ramalina almquistii, Umbilicaria caroliniana, U. esculenta, U. kisovana.
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