持合と銀行の自己資本コスト(田村茂教授退任記念号)
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概要
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銀行は,従来,発行した株式を融資関係のある企業との相互保有の形で安定化させる傾向があったが,バブル期には企業も大規模なエクイティ・ファイナンスを実施しており,企業の発行株式の一部は当然この銀行株の安定化との見合いとして持合されたといわれる。銀行の立場から持合をどのように評価したらよいか。我々は,銀行の自己の資本充実の一手段として持合を注目した。銀行が発行株式をできるだけ浮動化させずに自己資本を充実させようとするのであれば,増資により発行した株式をできるだけ安定した関係を持つ企業と持合えばよい。もとより,持合を前提とした増資ではファイナンスすることにはならないが,自己資本は充実できる。銀行にとっては預金発行というファイナンス手段があり,増資の主たる目的はファイナンスではなく自己資本の充実にあるのであるとすれば,持合はそのような目的に適っているといえる。こうして,銀行が同額の持合を前提として増資を行なうものとすると,このとき,通常,自己資本の十分性を維持する上で,保有する持合相手企業の株式と同額の自己資本を持つことは不要である。そのいわば自己資本の節約ともいえる効果は,財務構造や持合株式のボラティリティ等によって異なるが,財務構造を所与とすれば常に正であり,持合によって自己資本の一部はかならず節約される。本報告は,この自己資本の節約に相当する分だけ株価が上昇し,自己資本コストが低下する可能性を示した。すなわち,銀行は,持合を前提として増資を行なうことによって,自己資本比率を高め,同時に,資本コストを低下させて競争力を高めることができる。BIS規制に見られるように,自己資本比率を高めなければならない制度上の要請があるときには,持合を前提とした増資は,おそらく,有効な手段であったにちがいない。1980年代中盤から終盤にかけて,川北(1993)が示すように銀行の持合が急速に進展したとしたら,このような論理に基づいた合理的な行動であったといえるであろう。
- 慶應義塾大学の論文
- 1994-04-25