アジア産バンレイシ科植物の細胞分類学的特質とアメリカ産のものとの倍数体頻度の相違
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概要
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バンレイシ科植物は日本には沖縄地方(八重山諸島)にただ1種, クロボウモドキ(Polyalthia liukiuensis Hatusima)が分布するだけで我々になじみの薄い植物である。しかし, この科はアジア, アフリカ, アメリカの熱帯, 亜熱帯に広く分布し, 約130属, 2300種(Cronquist 1982)を含み, 原始的被子植物の中でも大きな1群である。この科の染色体基本数には7,8,9が知られる。これらの染色体基本数は, 原始的被子植物と言われる植物群の中でも最も少ないものの1つに上げられる(例えばモクレン科はx=19,デゲネリア科はx=12,シキミモドキ科はx=13,ユウポマチア科はx=10などでいずれもバンレイシ科より大きい)。細胞学的な観点からすると, この植物群は原始的被子植物の中でも根幹を占めるべきものと言わざるを得ない。従って, その細胞分類学的特質は原始的被子植物の系統進化を考える上で無視できない重要な情報の1つである。一方, この科は熱帯において上記のように多くの分類群に分化した, いわば熱帯で成功している科であり, 熱帯における被子植物の進化的傾向, 種分化の機構などを研究するのに是非取り扱いたい植物群の1つである。この研究は以前の研究(Okada & Ueda, 1984)に続いて行なわれたもので, 東南アジアに分布するバンレイシ科植物, 19属24種の染色体数を観察した(Table1)。このうち8属の染色体数は今回初めて明らかにされたものである。今回のものも含め現在までにアジア地域に分布する約51属のうち35属, アフリカ地域に分布する約40属のうち10属, そしてアメリカ地域に分布する約36属のうち16属の染色体数が明らかになっている。これらのうち, アジアとアメリカ地域の染色体に関する特徴を比較した結果(Table2), 以下に記すようなことがわかった。なお, アフリカ地域のものは報告数が少なく比較の対象にしなかった。1)染色体基本数はx=8を示す属がいずれの地域においても高い頻度を示した。この事実はOkada & Ueda(1984), Morawetz(1986)が提案した「この科の原始染色体基本数は8である」という主張を支持するものである。一般に, あるグループが発生したときの原初に持っていた特質は, その後そのグループの発展にともなって多くの派生形質が生じた時でも維持され続ける可能性が高い。2)アジア, アフリカ, アメリカの2〜3地域にまたがって分布する属の染色体基本数には7(Annona), 8(Anaxagorea, Artabotrys, Uvaria, Xylopia), 9(Polyalthia)のいずれもがある。これはバンレイシ科植物の染色体基本数の変化が3地域が分離する前に起こったことを示唆する。また, 1)の主張の繰り返しになるが, これらの属に染色体基本数, 8が多くみられることは, はやりx=8がこの科の原初の特質であったことを示唆する。3)アジアとアメリカのバンレイシ科植物の染色体基本数の頻度を見ると, 両地域の間で進化の傾向の違いがみられる。アジアではx=9の属が多く派生し, 一方アメリカではx=7の属が多く派生している。この違いは両地域が隔離された後に起こったものであろう。この様な進化の傾向の違いが何を意味するものか今回の研究では解明し得ないが, 興味深い現象である。4)アジアとアメリカの倍数体の頻度は明らかに違う。アジアではほとんどの種が2倍体のままで分化しているのに対して, アメリカのものでは多くの倍数体が報告されている。これはアジアでの報告は主に湿潤熱帯, あるいはそれに準ずる雨緑林に分布する種を用いたものであるのに対して, アメリカでの報告が主に湿潤熱帯林に分布する種ではなく, やや乾燥したセラード地帯(ブラジルにみられるサバンナ植生)に分布する植物に基づいている事が大きく影響しているように考えられる。ある地域の植生に占める倍数体の頻度は低緯度から高緯度になるに従って, あるいは標高が高くなるに従ってだんだん増えて行く傾向があることが報告されている(Grant 1981)。そのような環境は生物の生育にとってきびしいものと思われるが, 倍数体にはゲノムセットが複数あり, 基本的な遺伝子のセットによって最低限の生活が保証され, 他のセットの遺伝子が無方向に突然変異を起こして, そのうちきびしい環境にも耐えて行くことの出来るような遺伝子のセットが形成されるからと考えられている。あるいは別の見解もある(Stebbinbs 1984,1985)。氷期にそれまであった植生帯が氷河によって破壊され, やがて氷河が後退して空白地帯ができた。そこへいち早く侵入したのは旧来の種と種の間の雑種起源の植物で, そのような植物は異質な遺伝子セットを持つことによって新しい生育地に適応していった。ただこのままでは雑種弱勢などの現象によって次世代の確保は難しい場合が多い。安定した次世代の供給はその植物の染色体数が倍加することによって減数分裂が安定し, 稔性のある配偶体を作り出すことが1つの重要な方法である。従って, 高緯度地域に倍数体が増えると解釈される
- 日本植物分類学会の論文
- 1993-12-30
著者
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