フリーラジカルを介したアドリアマイシンの心臓毒性発現機構に関する研究
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概要
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アドリアマイシン(ADM)はアントラサイクリン系抗腫瘍薬の代表的薬剤として1960年代から臨床に広く使用されてきた抗腫瘍性薬剤の1つである.ADMの抗腫瘍スペクトルは広く,悪性リンパ腫,多発性骨髄腫,急性白血病などの造血器腫瘍のみならず,乳ガン,卵巣ガン,小児悪性腫瘍などに及んでいる.しかしながら,アントラサイクリン系抗腫瘍薬は強い心臓毒性を有しており,中でもADMは投与量に依存した心筋の障害を引き起こし,重篤なうっ血性の心不全を発症させるため,使用頻度は厳しく制限されている.アントラサイクリン系抗腫瘍薬はいずれも鉄と錯体を作り,作用機構は類似していると思われるが,その抗腫瘍スペクトルには大きな違いが見られる.例えば,ダウノマイシンとADMはアグリコンクロモフォアと呼ばれる4つの環とアミノ糖を持ち,DNAやRNA合成を同程度阻害する.両者の違いは14位の水酸基の有無だけであるにもかかわらず,ダウノマイシンは白血病に対する有効な化学療法剤であるのに対し,ADMの抗腫瘍スペクトルは上述したように広く,造血器腫瘍のみならず,乳ガンや卵巣ガンなどに対しても有効な化学療法剤として用いられている.この14位の水酸基は,2つの水分子を介してDNAのリン酸の酸素分子と水素結合をしている.ADMやダウノマイシンのDNAとの直接作用はほとんど同じであるが,これらの複合体間の構造的な差異は,複合体を取り囲む水分子の水素結合ネットワークにある.スペルミン分子とDNAの相互作用がADM複合体とダウノマイシン複合体の間で異なることから,14位水酸基によって引き起こされる水分子-DNAの相互作用の違いが,抗腫瘍スペクトルに反映されていると考えられている.アントラサイクリン系抗腫瘍薬の分子はほぼ平面構造をしていることから,ADMの抗腫瘍作用は,隣接する核酸塩基対間へのADM分子のインタカレーションを始めとしたDNAとの相互作用に基づくと考えられている.DNAとADMの複合体ではADMがGC塩基対間にインタカレートしており,インタカレーション部位の両側においてDNAの構造変化が起こる.GCサイトにおいてADMが結合すると,ヘリカーゼによるDNA巻き戻しが阻止されること,あるいはADMがトポイソメラーゼIIを阻害するため,酵素によるDNA鎖の切断-再結合ができなくなることによって,細胞の複製に支障を来して抗腫瘍性が発現されると考えられている.一方,ADMの心臓毒性発現機構として,カルジオリピンとの相互作用があげられる.心臓に存在するリン脂質の中でカルジオリピンは25%もの含有率を示し,この負に帯電したリン脂質は特にミトコンドリア内膜に多量に存在している.カルジオリピンはADMと強く結合して2:1の複合体を形成し,結合定数はK=1.6×10^6M^<-1>と大きく,この値はADMのDNAに対する結合定数K=2.4×10^6M^<-1>に匹敵する.その他の酸性リン脂質であるホスファチジン酸やホスファチジルセリンに対してもADMは1:1の複合体を形成するが,これらのリン脂質との結合定数はK=1.8×10^4M^<-1>と2桁ばかり小さく,またホスファチジルコリンのような中性脂質とは結合しない.カルジオリピンとの複合体形成には,ADMの糖鎖中の正電荷とリン脂質中の負電荷との間で,静電的な相互作用が重要な役割を果たしている.カルジオリピンはミトコンドリアの酸化基質の移動に何らかの役割を果たしていると考えられており,カルジオリピンとADMとの結合は電子伝達系を不活性化する.ミトコンドリア酵素であるcomplexI(NADデヒドロゲナーゼ),complexIII(シトクロームcリダクターゼ),complexIV(シトクロームオキシダーゼ)が最大速度となるためにはカルジオリピンを必要とするが,ADMとカルジオリピンとの結合が,これらの酵素活性を抑制してしまう.ADMによる心臓毒性機構のもう1つの可能性としては,ADMの酸化還元に伴って生成するフリーラジカルあるいは酸素ラジカルの関与する組織障害が考えられる.本稿において,この可能性について筆者らの研究を中心に述べる.
- 2003-10-01
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