VLSI設計・試作パイロットプロジェクトの狙いと課題
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概要
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コンピュータ、アーキテクチャ及びハードウェア設計技術は、集積回路技術の驚異的な進歩に伴って、この30年間に大きく変化した。1960年代には、集積回路はICと呼ばれ、他の様々な半導体電子部品と同様、コンピュータ・ハードウェアを構成する多数の部品の一つに過ぎなかった。1970年代になってマイクロプロセッサ、周辺コントローラ、メモリなど部分システムを1チップにまとめられる程度に集積度が上がり、LSIと呼ばれるようになった。1980年代に入ると、集積度はさらに上がり、VLSIと呼ばれるようになった。そして、MeadとConwayによる画期的な教科書が登場したこともあり、VLSIチップはもはや電子部品ではなく、ソフトウェア設計、システム設計技術と素子技術が融合した一つの巨大なシステムであることは広く認識されるようになった。1990年代に入ってこの傾向はさらに加速し、エレクトロニクス産業だけでなく他の様々な産業分野に大きな構造変化をもたらしつつある。このように、集積回路/システムはあたかも出世魚のごとく時代とともに名前を変えてきたが、これは単に集積規模の変化を表すのではい。「多数のチップで一つのシステムを実現する」という考え方から、「多数のシステムを一つのチップの上で実現する」という考え方へ、システム設計概念のコペルニクス的大転換が起きたのである。この質的変化はコンピュータと情報処理に関する研究・教育の多くの場面に新たな問題をもたらした。「システム・オン・チップ」の概念で象徴されるように、VLSIシステム設計は、アルゴリズム、プログラミング言語、コンパイラ、OS、アーキテクチャ、論理回路、電子回路、デバイス、物性、等の知識を総合したシステム設計能力を要求する。このことは、従来物理レベルとは独立に扱うことが可能と考えられてきた情報工学/計算機科学における多くの分野で、システム・デザインの立場からその研究・教育を完結させるためには、VLSIの設計、試作、評価が不可欠になったことを意味している。しかし、個々の研究者はもちろんのこと、大学、研究所などがそれぞれ別個にVLSIチップを試作・評価する手段を持つことは技術的にも経済的にもほとんど不可能である。このため、理工学系の教育・研究にとって重要な「モノ作りセンス」の養成がソフトウェアの設計、実現だけとどまり、その具象であるハードウェアの実現、評価を体験することができない、という事態が生じてきたのである。米国では早くからこのことが認識され、1980年にVLSI設計教育の充実をはかる目的で国防省のDARPAがスポンサーとなってマルチプロジェクトチップ製造方式によるLSIチップ試作サービス体制MOSISが設立されて以来、全米の教育機関にLSI製造の機会が提供されている。このようなサービス環境のもとで展開される米国大学のVLSI設計教育・研究の成果が、今日の米国半導体・コンピュータ産業の活力源の一要素となっている。ヨーロッパでも同様のサービスの重要性が認識され、1980年代後半から、EUROCHIPの名のもとに総合的なサービス体制を整備してEC諸国の大学におけるVLSI設計教育・研究の強化を進めている。アジアでは、台湾が行政院国家科学委員会によって1992年にCIC(チップ設計製造センター)を設立し、欧米の動きに追随しており、韓国でも同様の試作サービスがすでに開始されている。我が国では、1980年代はじめにMOSISと同様なシステム実現の検討がなされものの実現には至らず、現在まで、大学におけるこの分野の教育・研究環境は上述の問題を抱えたまま諸外国の動きから取り残されており、有為な人材の養成に大きな支障となっている。こうした状況が、総合的なシステムデザイン能力が要求されるマイクロプロセッサなどの論理システム分野で欧米諸国に著しく立ち遅れる結果を招いた要因の一つであると指摘されている。こうした認識から、日本の先端技術分野の将来を左右するVLSIシステム技術の人材養成と研究水準向上のためにVLSIチップ共同試作サービス体制の確立等、VLSI設計教育・研究環境の高度化を求めて、平成5年6月に生駒俊明東大教授を委員長とする通産省の検討委員会で「LSI設計技術高度化推進機構」に関する提案書がまとめられた。これを受けて、平成5年12月に本学会に「VISI設計教育高度化(時限)研究専門委員会:委員長広瀬全孝(広大)」が設立され、時期を同じくしてスタートした科学研究費総合研究「大学におけるVLSIシステム設計教育高度化のための総合的研究:研究代表者 南谷崇(東工大)」、ならびに通産省の「次世代技術教育・研究環境高度化検討委員会:委員長 鳳肱一郎」と密接に連携して活動を行なっている。
- 1995-03-27