田舎を価値づける : ビアトリクス・ポターゆかりの観光に関する考察
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概要
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本稿は,湖水地方(Lake District)におけるビアトリクス・ポターゆかりの観光旅行について考察する。主として定性的な調査の結果に依拠しながら,田舎や,イングランドの農村生活についての諸価値が広まる過程で,ポターがどのように利用されるのかを論じる。こうした諸価値は,イングランドらしさをめぐる諸概念や,田舎と都会の対立関係と結びついている。ビアトリクス・ポター(1866〜1943)は,最大級の評価を受けているイングランドの児童文学作家である。国際的にも成功した彼女の絶大な人気は,今日では彼女の著書(その大半が今日も版を重ねている)の売り上げだけでなく,様々な商品や観光旅行,宣伝活動などにも反映されている。こうしたビアトリクス・ポター関連産業の存在は,彼女の作品が評価され続ける理由をめぐって,いろいろと問題を提起する。ヴィクトリア朝末期の人であったポターは,ピーターラビット(1902),ティギーおばさん(1905),あひるのジマイマ(1908),といったキャラクターを生み出し,第一次世界大戦以前に名声を確立した。しかし,今日,彼女の作品は,それが生み出された文脈とは異なる多様な文脈で読まれている。そのため,作品は異なった意味をもつようになっている。文化研究(Cultural studies)の業績は,テキストと読者,生産者と消費者の関係を論じてきた(Jackson, 1989; Gregory and Walford, 1989; Burgess, 1990)。とりわけバージェス(Burgess, 1990)は,ジョンソン(Johnson, 1986)に依拠しながら,意味の変成に焦点を当て,メディアのテキストは多様な読み方が可能な象徴体系の一部であると論じている。同様の議論は,地理学者がこれまでほとんど無視してきた児童文学の解釈や,観光旅行の解釈についても展開できる。本稿は,観光客となった読者が,ビアトリクス・ポターのテキストや彼女にインスピレーションを与えた湖水地方の舞台だてから,どんな意味を汲み上げているのかを論じる。文学観光旅行,つまり著作や作家との関連で有名な場所への旅は,様々な文脈から注目されてきた(Lowenthal and Prince, 1965; Newby, 1981; Butler, 1985, 1986; Curtis, 1985; Pocock, 1982, 1987; Squire 1988, 1990; Ousby, 1990)。しかし,アーリ(Urry, 1990)やヒューズ(Hughes, 1991)が指摘するように,観光旅行については解釈論的分析がほとんど無視されていることもあって,文学観光旅行の研究はまだまだ遅れている。観光旅行の展開とともに,経済的な利益を求めて,風景は新たに意味づけられる。こうした意味を,訪問する観光客がどう解釈するかについて,定性的な研究はほとんどない。湖水地方におけるビアトリクス・ポターゆかりの観光旅行は,こうした観光的意味の生産と消費の研究に,格好の舞台を提供してくれるのである。
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