タッソによる幻の「新・オデュッセイア」考 : その一蔵書のmarginalia研究から
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概要
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序章 近年のタッソ研究の一断面 タッソ(Torquato Tasso, 1544-95)による学問研究の実態が、タッソ自筆の覚書を内部に含んだ書物の調査によって、近年徐々に明らかにされてきている。タッソは自らが所持していた書物を読むにあたって、本文に下線を入れるのみならず、欄外の余白に書き込みをすることを常としていた。そうした詩人の「欄外メモ」(marginalia)に注目することの重要性は、19世紀末の著名なタッソ研究家ソレルティが『タッソの生涯』(1895)の中で説いている。^<(1)>。しかしタッソによって読まれた形跡がある書物は、その後の半世紀余りの間、学界で取り上げられることがほとんどなかった。^<(2)>。ところが、そのうちの今日ヴァチカン図書館に所蔵されている分(53冊)のリストが《Studi Tassiani》12号(1962)の誌上に掲載され^<(3)>、以後詩人の知的関心をその著書や書簡からのみではなく、その蔵書からも推測しようと試みる研究者が少しずつ増えてきたように見受けられる。詩人が残したメモの分析によって、過去においてはその読書家としての活動を概して考慮に入れずして描かれていたタッソの作家像が再構築され、その作品等に関連して新しい解釈や説が生み出されてもおかしくない。タッソが書物の余白に記した文章は、何人かの研究者が指摘しているように、テキストの単なる要約であったり繰り返しであったりする場合も確かに少なくない。だが書物に書き込みがなされたということは、その書物を読むにあたって思索もしくは意図するところがあったからにちがいない。覚書はそれ自体がきわめて私的な性格のものであるがゆえに、その背後にタッソの関心の所在をかいま見せる鍵が隠されているようにさえ筆者には感じられるのである。そして何よりも注目されるのは、覚書に凝縮された知識や思想が、ときに、作品中で述べられた諸見解の素地になっていると推定されることである。詩人の蔵書に残されたメモは、タッソの知的形成の軌跡であると同時に、タッソの論述や詩歌の源泉(fonti)を示唆するものなのである。ヴァチカン図書館蔵の世界誌L'Universale fabrica del Mondo overo cosmografia(1582年刊行の版、以下"Fabrica"とする)について、筆者はすでに二度論及した^<(4)>。その際には、全4編から成るFabricaの「ヨーロッパ編」(pp.1-184)および「アジア編」(pp.185-298)中の日本に関する記述を主として考察したが、それと平行して余白に書きつけられたタッソの覚書にも注目し、筆者が解読に成功した記述については可能な限り紹介した。1590年頃、すなわちタッソが46歳前後の時点で読んだと推定されるFabricaのほとんど全ての頁には、その筆跡や独特の表記方法からタッソの手によるものと断定されうるペン跡-しばしばインクの滲みのようになっている-が残されている。Fabricaを含め、詩人のさまざまな蔵書に見いだされるそうした書き込みが今後さらに分析され、それによってタッソにおける文献研究と創作活動とのいわば接点が示されるならば、公表された詩文や論述のみからは掴みがたい書斎人タッソの全体像もおのずと明らかになってくるはずである。本稿では、タッソに少なからぬ影響を及ぼした或る知識人の詩の一節に第一章で触れたあと、過去の研究者たちによってほとんど復元されなかった読書家・注釈家としてのタッソに光を当てたい。タッソは「詩の母体は科学にある」("la poesia germoglia da la scienza")^<(5)>と述べているが、そのタッソが地理研究の過程で精査した書物と、そこで語られた異境の現実を歌ったタッソの詩とを第二章における考察の主たる対象とする。そして第三章以下で、予告されながら結果的に著されなかったタッソの幻の詩歌を、すなわち読書家としてのタッソが当時「新世界」と呼ばれていた地域に関する科学(地理)研究の成果に詩の素材を探求しつつその構想を練っていたと推定されうる「新しいオデュッセイア」(Guasti)^<(6)>とも言うべき叙事詩の輪郭を, 筆者がヴァチカン図書館で調査したFabrica『新世界編』(pp.351-402)のmarginalia(以下"m."とする)から推定してみたい。
- 1998-10-20
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