アンテーラミ神話の形成と解体 : 18世紀から20世紀にかけての中世一彫刻家の変遷
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概要
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ベネデット・アンテーラミは、12世紀末から13世紀初頭におけてパルマを中心に活躍した彫刻家、そしてもしかしたら建築家である。彼の名を伝えるのは、パルマ大聖堂南翼廊に設置された浮彫<十字架降架>の上端、および、パルマ洗礼堂北扉の楯に彫り込まれた銘である(図1・図2・図3)。前者には、「1178年4月、彫刻家は(この作品を)完成した。かの彫刻家は、ベネデット・アンテーラミと称する」と、後者には「1200年の4年前(1196年)、ベネデットとよばれる彫刻家がこの作品(opera)に着手した」と記されている。アンテーラミにかんする直接資料はこの2つのみである。にもかかわらず、18世紀末から今世紀に至るまでの間に、彼は無名の中世の石工からイタリア美術を代表する芸術家のひとりに変貌することとなった。数多くの彫刻作品、そして建築計画が彼の手に帰され、同時に彼の経歴、さらにはルネッサンスの芸術家のごとく一個人としての理念までもが論じられるようになったのである。しかしこうしたベネデット・アンテーラミという芸術家像は、一次資料の欠如のゆえに、いわば神話のごとく、ただ言説の積みかさねによって成り立っているといえる。そして当然の成りゆきとして、それらの各議論は、それぞれの時代の情勢や美術史研究の傾向を如実に映しだしている。あるいは、逆にそうした動向を滋養としながら、アンテーラミ像が形成されていったとも言えよう。その一方で近年になってようやく、こうしたアンテーラミを拡張して評価する態度を疑問視する研究者も現われてきた。そこにおいては、それまでアンテーラミをめぐって生みだされてきた言説の多くが切り崩されようとしている。本稿はこうしたアンテーラミ研究の軌跡を辿るものである。その変転に富んだ軌跡ゆえに、今日、各研究者が提供するアンテーラミ像は互いにいちじるしく異なっている。そうした状況を鑑みても、アンテーラミ研究の歴史をその起こりから検討すべきと思われるのである。それとともに、今後のアンテーラミ研究の展望に関してもいくばくか言及したい。
- 1995-10-20
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