イタリア語とフィレンツェ方言の主語代名詞 : 3人称egli, ellaの歴史的展望
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概要
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現代イタリア語の3人称の主語代名詞は、男性単数形を代表としてあげると、lui およびegli, essoという三つの系列に区別することができる。平素の話しことばでは、もっぱら第1の系列(lui, lei, loro)が使われる。したがって、残る第2、第3の系列(egli, ella;esso, essa, essi, esse)の使用域は、書きことばが中心となり、話しことばに使われるときでも、文語に準じたきわめて形式的な文体中に限られることになる。だが、egliやessoの系列は、このような使用域にあっても、対照強勢を置きたい場合などには一般に使うことができない。そこで、Tekavcic(1980^2)は、これらの代名詞の系列に非強勢形への方向性を認め、この意味でも、斜格形のluiの系列とは区別されることを指摘している。「強勢形と非強勢形という系列の区別は、今日、形式上では主語以外の機能において示されるが、片や主語の機能の方には、egli, essaなど(非強勢形)とlui, lei(現今ますます主語として使用)とのあいだに同様の区別が確立されつつある」(Tekavcic(1980^2, vol.2, p.190)。つまり、egliやessoの系列には、非強勢形としての特質が備わっているというのである(鈴木1986, p.115も参照)。しかしながら、これらの系列の統語上のふるまいが、必ずしも非強勢形の代名詞の特質を万全に備えているわけでないのは、Calabrese(1985)による次のような記述を見ればわかる。(ここではegliについての箇所のみを引いておく)。「これらの形式[egli, ella]の占める地位はたいへん不安定なものである。事実、話し手は、その特質をよく知らないため、不当に使用の幅を広げたり、あるいは狭めたりしがちである。一つの問題は、たとえば、これらが強勢形なのか非強勢形なのか、という点にある。トスカーナ方言は、今日より前の歴史的段階のイタリア語にもっとも近く、したがって、文語にもっとも近い方言のはずであるが-そして、今でもこれらの形式の残っている一方言であるが-、これらら疑いなく非強勢形で、それゆえ、動詞に対する接語となっている。例文をあげよう。(1)gli e un bell'umo『彼は美男だ』(2)la e una vergogna『それは恥だ』とこらが、イタリア語の文語や改まった書きことばでは、egliとellaは強勢形に近似したいくつかの特質を示す。事実、動詞とのあいだは、非強勢形代名詞以外の他の語彙要素によって引き離されてもよい。(3)egli non volle entrare『彼ははいりたがらなかった』(4)egli veramente, si e comportato in altra maniera『彼は、本当に別のやり方で振舞った』他方、これらの形式は非強勢形としての特質をも示す。たとえば、他の名詞句と等位に置くことはできない。(5)^*egli e Maria sono venuti ieri『彼とマリアは昨日来た』また、問いに答えるときに使うこともできない。(6)chi e stato?『誰でしたか』(7)-^*egli『彼でした』したがって、状況はあまり明確ではない」(Calabrese, 1985, pp.125-126。引用中の例文番号は本文に合わせて変更した)。Calabreseは、「トスカーナ方言」(より正確には現代フィレンツェ方言)において、egliの系列に対応する縮減形の代名詞が疑いなく非強勢形つまり接語(clitico)である旨述べているが、いま、接語という要素を、動詞を支えとするものに限って考えると、これは、常に動詞の直前か直後に現れるものでなければならない(Renzi, 1989参照)。もし、接語と支えの動詞とのあいだに割ってはいれる要素があるとすれば、それは、その要素自体も接語である場合に限られる。実際のところ、現代フィレンツェ方言の縮減形の代名詞は、常委動詞と隣り合わせになって出てくる。Brandi & Cordin(1981, p.34)は、この事実を次のような例で示している。(8)^*laieri ha cantato a Milano「彼女は昨日ミラノで歌った」(9)a. la glielo disse「彼女は彼にそれを言った」b. la gliene porto due「彼女は彼にそれを二つ持って行った」例文(8)の非文法性が示すとおり、現代フィレンツェ方言においては、いかなる語彙要素も、代名詞(la)を動詞(ha cantato)から引き離すことはできない。ただし、割り込む要素自体が接語である場合はこの限りでなく、(9)に見るとおり、動詞の前で主語+間接目的補語+直接目的補語の順を守ように接語が配列されることになる。このように、現代フィレンツェ方言における縮減形の代名詞は、動詞とのあいだに接語以外の割り込みを許さないから、接語としての条件を十分に備えていることがわかる。ところが、対応する現代イタリア語のegliの系列は、(引用中の例文(4)が端的に示しているとおり)動詞とのあいだへの割り込みを接語以外の要素にも許すから、最終的には接語であるための条件を満たしていないと言える。egliの系列に関するこのような結論から出発して、P.Cordinは、『参照イタリア広文典(GGIC)』のなかで、フィレンツェ方言の古い段階における主語代名詞の統語
- 1991-10-20
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