アリオストの火器批判
スポンサーリンク
概要
- 論文の詳細を見る
序 戦後、『オルランド・フリオーソ』の先端的な研究に携わったSegreやCarettiらは、A版(1516年版)をアリオストの創造力の頂点に位置するものとして高く評価するとともに、これをC版(1532年版)とは別の一個の独立した作品として扱う必要性を強調した。その結果『フリオーソ』の3つのエディションにそれぞれの時代の反映を見ていこうとする傾向が強まると同時に、C版付加エピソードについては、いわばA版以後の15年間にわたるアリオストの文学活動の道程を跡づけようとする試みの対象として関心が寄せられることとなった。SegreとDionisottiが火付け役となって60年代から70年代にかけて活発に展開されたCinque Cantiの創作年代をめぐる論争の背後にも、やはりこうした視点からするC版『フリオーソ』の再解釈に向けての要求があったことは明らかである。ともあれ、そこでは作品の言語・文体上の特徴や、内容の持つ全般的な傾向などの他に、同時代の政治上の事件に関する直接的、あるいは間接的な言及のいくつかが決定的な要素として取り上げられた。アリオストの文学活動は、時期的にいわゆるイタリア戦争の時代と重なりあっている。当時、フランス・スペイン両大国が推し進めつつあったヨーロッパの政治地図再編の波にあおられてイタリア諸国が巻き込まれた数々の戦争や、その結果、短期間のうちに次々と交代する支配者、あるいは存続の可能性を求めて猫の目のように変わる彼らの外交政策等は、アリオストの作品にも様々の影を落としており、上記の論争に絡んで彼らがそうした同時代の「現実」に対して抱いていた強い興味が浮き彫りにされていった。『フリオーソ』には、1516年のいわゆるA版からして既に数多くの歴史上の事件への言及が含まれており、それはそれで掘り下げて研究されるべきものではあるが、同時代の現実に対する詩人の関心が作品のテーマそのものの中にまで直接入り込んでくるのは、やはりCinque Canti以後のことであり、そこからC版付加エピソードに至る道を敢えて図式化するならば、戦乱の時代に突入したフェラーラ公国にあって個人生活の面でも困難に直面したアリオストの、現実に対するペシミズムを代表するのがCinque Cantiであり、そうしたペシミスティックな現実観を踏まえたうえで、騎士道的倫理に支えられた英雄たちが悪に立ち向かう姿を描いたのがC版付加エピソードということになろう。ひとくちにC版付加エピソードと言っても、個々の挿話は成立の事情からして一様ではないが、一般に上記のような視点から眺めることによって初めて無理のない解釈が可能となる場合が少なくない。本稿は、戦乱の時代の現実を正面から受け止めたアリオストが、その認識を後の時代を予見する価値観にのっとって作品の中に折り込んでいった過程を示す一例として、第11歌の有名な「火器批判」を取り上げ、当時の戦争における火器使用の実態および、フェラーラ公国の外交路線との関連をにらみながら、その解釈の可能性を探ろうとする試みである。
- 1991-10-20
著者
関連論文
- Cortegianoにおける言語論争の背景
- アリオストの1532年1月15日付マントヴァ公宛書簡
- アリオストの火器批判
- ベンボとアルドゥス版『カンツォニエーレ』
- オルランド・フリオーソ第三七歌をめぐって
- Sprezzaturaをめぐって : 「宮廷人の書」を支える中心概念
- ベンボとアルドゥス版『カンツォニエーレ』
- C版『フリオーソ』出版直前の改変
- 『オルランド・フリオーソ』第33歌、フランス軍敗退史をめぐって