カッタネオと地理学
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概要
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その著作活動が、余りに広範囲にわたっていることと、一見、極めて実学的で、後世の事大主義的なイタリアのアカデミズムからは、およそ縁遠いスタイルで、その思想が表現されていることによるのであろうが、カルロ・カッタネオの遺産は、イタリアの、どの学問分野においても、まだ、正当に評価され、継承されていないようである。イタリアにおいて、近代的な意味での地理学なるものが成立したのは、十九世紀末葉のことであるから、カッタネオが、講壇地理学的な意味での仕事を残していないのは当然である。しかし、カッタネオ自身は、近代地理学の父と呼ばれる、リッターやフォン・フンボルトの著作に親しんでいたし、さらに、現在の地理学に、大きな思想的影響を与えている。ラッツェルは、その著作の中で、明らかに、カッタネオを、よく読んでいたことを示しているのである。ところが、ドイツ学派の亜流として成立したイタリアの近代地理学は、カッタネオの、多岐にわたる、しかも大部分が、発表された当時無署名だった仕事の中から、その実証的な歴史主義の学風を、継承することはなかったのである。晩年のカッタネオは、一八六七年に創立されたイタリア王立地理学会の百二十名の会員の一人として名を連ねているが、当時のイタリアの地理学者達にとっては、カッタネオは、昔活躍した啓蒙主義的な国政学者として、ナポレオン時代のstatisticiと同列に考えられていた。イタリア地理学界の、カッタネオに対するこのような低い評価は、今世紀前半まで続いたのであって、ロンバルディアの集落地理学について、仕事をした時多くの地理学者のうち、一人として、カッタネオの著作を史料としても取りあげていないのは、驚くべきことである。一九五〇年代に、Felice Le Monnier版の全集が出版されたとき、当時のイタリア地理学界の大御所だったアルマジアは学会誌にそれを紹介したが、彼の関心は、カッタネオの、地理学史、探険史に関する先駆的仕事の面にあった。しかし、同時に、アルマジアは、ここにおいて、一八四四年にPolitecnicoに発表されたNotizie naturali e civili su la Lombardiaと、Crepuscoloに一八五八年発表されたLa citta considerata come principio ideale delle istorie italianeの二つを、それぞれ、歴史地理学、および都市地理学の分野において、今尚その価値を失っていない労作であるとしたのは、劃期的なことといわなければならない。地理学の立場から、カッタネオの遺産を、その方法論的、乃至思想的意味とともに評価し、学問としてのその有効性に疑問さえもたれるようになってきている現代地理学にとって、それがもつ大きな意義を強調しているのは、カッタネオの地ミラノの国立大学で地理学を講ずるルチオ・ガンビである。彼によれば、カッタネオを、十六世紀以来の、地理的記述をしたstatisticiすなわちオランダについて記したルドヴィコ・グイッチアルディニ(一五八五年)からロマニヨージ、ジョイヤにいたるilluministi lombardiとでも呼ばれるべき人たちから区別しているのは、地域の水平的な断面(tranche orizontale)を精緻にえがくにとどまらず、その垂直的構成、すなわち歴史的な立場からする地域の諸現象の内部構造に目をむけた点にある。その後のイタリアの地理学者によてって、カッタネオを、その師ロマニヨージから区別している歴史主義と実証主義が注目されなかった理由の一半は、イタリアの地理学自身が、結局、ガンビのいうtranche orizontaleの段階にとどまっていたからであろうし、もう一つの大きな理由は、統一後のイタリアの思想界に支配的だったのは、王党主義やファッシズムなどの思想以前のものを別にすれば、広義のメリディオナリズムといい、クローチエ主義、アナーキズムといい、いずれも、南部の思想伝統の上に立つものであり、カッタネオに代表されるような、北部、特にミラノに十九世紀前半に芽生えた実学的な合理主義精神、実証主義の流れは、統一イタリアの思想界において、その跡を断ってしまったことによるのであろう。イタリアにおける近代地理学を反省し、その中で、カッタネオの地理的人文主義geoumanesimoを、忘れられていた伝統として再認識するというガンビの見解は、しかし、現在のイタリア地理学界を代表するものではない。前世紀以来の統一地理学観にかじりついている講壇地理学者達は、こぞってガンビを、地理学の存在理由をも否定したかどで、断罪しているようである。ガンビによる地理学批判をめぐる論争は別にしても、しかしながらカッタネオの著作のもつ、方法論的意義、および、ロンバルディア地域に対する最初の社会科学的な分析としての重要さは、やはり、今日にいたるまでのイタリア地理学によって、不当に忘られていたのではないだろうか。以下、カッタネオの著作が、地理学研究においてもつ今日的意義のいくつかを、試論的に考
- 1966-01-20