醤油の色 : (第3報) 醤油の加熱による増色に及ぼす還元剤の影響
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概要
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多くの抗酸化剤が酸化褐変を抑制することはよく知られている. しかし糖とアミノ酸の混合物を加熱した時に起こる褐変を抑制する物質は2種しか知られていない. 1つは亜硫酸系化合物であり, もう一つは-SH化合物である. この褐変防止機構は亜硫酸-カルボニル化合物の反応によることがInglesとLindbergにより, また-SH化合物と糖の反応についてはInglesにより報告されている. これら両反応とも褐変防止剤と糖または, 糖誘導体との反応である. 著者らは醤油の褐変とアルドースアミノ酸混合物のモデル系の褐変にかなりの差があることを認めている. しかしながらこれら2つの褐変防止剤が多くの食品において褐変速度を抑制することはよく知られている. 森口は亜硫酸を用いて色の淡い醤油を醸造している. 著者らは諸味期間に醗酵のよかった醤油は色も淡く, 安定であることを認めている. 諸味は醗酵中非常に還元的に保たれている. また, これら二つの褐変防止剤も強い還元力を有することは注目に値する. 本報においては種々の還元剤や抗酸化剤が醤油の褐変に及ぼす影響を検討した. 還元剤や抗酸化剤が醤油の酸化的褐変を抑制することは知られているが, ある種の還元剤や抗酸化剤は醤油の非酸化的褐変を抑制した. 醤油の色は還元剤により脱色された. 亜硫酸化合物, -SHを有する化合物, 例えばシスティンの如きもの, 水素化ホウ素およびアスコルビン酸は色を無色の物質に広い温度範囲で還元した. 上記の強力な還元剤および抗酸化剤と呼ばれる弱い還元剤は80℃で色を無色の物質に還元した. モノハイドロキシフェニルやモノハイドロキシオルソメトキシフェニル化合物は常温および加熱下に色を還元しないがアスコルビン酸, ノールヂヒドログアイアレチン酸, プロトカテキュ酸およびケルセチンのごときエンヂオール化合物は高温(80°)で脱色作用がある. また, 醤油の色はリボフラビンでも脱色される. 理由はわからないがケルセチンは色を還元脱色するが水溶性のケルセチンサルホネートは還元脱色しない(ケルセチンの酸化物が褐変するのかも知れない). 火入醤油の色はシスティン, アスコルビン酸およびプロトカテキン酸により脱色される. この脱色量はアスコルビ酸を除くこれらの還元剤が加熱中の醤油の増色を抑制する量より少ない. エンヂオール基を持つ抗酸化剤は80°加熱中に消費されるようである. 抗酸化剤を加えて加熱還元処理した醤油はほとんど酸化褐変が抑制されない. 80°で色を還元する抗酸化剤も60°以下では還元せず, 抗酸化剤も消費されないらしく, 抗酸化剤を加えて60°に加温した場合, 加熱による増色は抑制されず, さらに空気酸化すると増色を抑制する. アスコルビン酸は脱色する際に消費されると推定される. 醤油にアスコルビン酸を加えてから加熱したりあるいは醤油を加熱処理した後にアスコルビン酸を加えた場合, 酸化褐変は促進される. 生醤油にアスコルビン酸を加えた場合ですらも, アスコルビン酸はわずかの時間内にほとんど消失する. そしてフェリシアン化カリ還元力が少量増加する (アスコルビン酸にはフェリシアン化カリ還元力はない. また, アスコルビン酸は生醤油の色を少ししか脱色しない). しかしこの場合は酸化的および非酸化的褐変は抑制された. このことはアスコルビン酸が消失しても醤油の成分が充分に還元されていれば色は安定化することを示している. 40〜50°においてラーネイ・ニッケルで還元処理された醤油は高温での褐変が抑制される. また, 亜硫酸, -SH化合物およびラーネイ・ニッケルは色の生成を抑制するばかりでなく褐変の中間体の生成も抑制する. 糖を添加したアミノ酸液と醤油の褐変機構には相違がある. アミノ酸液の色は-SH化合物や亜硫酸によってほとんど脱色されないが水素化ホウ素により顕著に脱色された. 非酸化的褐変は亜硫酸, -SH化合物およびアスコルビン酸により抑制された. 酸化的褐変は-SH化合物, 亜硫酸およびエンヂオール化合物により抑制された. 以上の実験結果から酸素の供給のない褐変反応においても酸化反応を含むと推定される. すなわち, これらの還元剤は糖を還元する程の還元力はなくしたがって初期のアミノカルボニル反応を抑制しているとは考えられない. また, 加熱により生成してくる褐変物質を還元剤が漸次還元脱色しているとするとアスコルビン酸の如く添加後まもなく消失してしまっても褐変反応を抑制したりあるいは, ラーネイ・ニッケルのごとく還元処理した後の褐変が抑制されるなどの説明がつかない. 醤油は長い醸造期間を経ているのでその間に種々の要因が入ってくるので, 糖-アミノ酸混合液のモデル系での褐変をそのまま醤油の褐変に当はめることは難しい. しかしキシローズを添加したアミノ酸液の褐変もアスコルビン酸で抑制されるところから糖とアミノ酸からなる非酸化的褐変反応は脱水反応のほかに酸化反応も含むものと推定される.
- 1970-03-25
著者
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斎藤 伸生
キッコーマン醤油株式会社中央研究所
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奥原 章
キッコーマン醤油株式会社・中央研究所
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斉藤 伸生
キッコーマン醤油株式会社・中央研究所
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斉藤 伸生
キッコーマン醤油株式会社 中央研究所
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奥原 章
キッコーマン醤油株式会社 中央研究所
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斉藤 伸生
キッコーマン醤油(株)中央研究所
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