コラーゲンの酸処理に関する化学的研究
スポンサーリンク
概要
- 論文の詳細を見る
接着性レジン修復を行う際には象牙質の酸処理が一般的に行われているが, 象牙質を酸処理することによって, その有機成分の大部分を占めるコラーゲンが, 変性するのではないかと危惧されている. このコラーゲンの変性は接着, とくにその長期安定性に対して何らかの影響を及ぼすのではないかと考えられる. 象牙質コラーゲンの酸処理による三次元的な構造の変化については, すでに確かめられているが, この変性を化学的に分析した報告は限られており, とくにコラーゲンが分子中のべプチド結合の開裂の有無を明らかにした研究はない. そこで, この変性の実態を解明するために, 赤外分光分析装置(以下 IR と略す.), 核磁気共鳴装置(以下 NMR と略す.)を用いて分子レベルでの変性について詳細に調べたところ, 重要な知見が得られた. 実験1.ウシ歯象牙質粉末を用いた分析 ウシ歯から取り出した象牙質のブロックを, 液体窒素下で粉砕し, 100meshに調整したものを標準試料とした. 10%ブレイン酸水溶液, 38%リン酸水溶液, 10%塩酸水溶液の3種の試薬を用いて2時間の酸処理を行った標準試料をIRの透過法で分析した. IR分析にはPERKIN-ELMER 1600 Series FT-IRを用いた. 分析の結果, 酸処理を行ったものはヒドロキシアパタイトの吸収領域の吸収強度が減少したことから, 酸処理によっていわゆる脱灰が起こっていることが確かめられた. 一方, コラーゲンの変性については確かめられなかった. そこで, コラーゲン単体を用いて同様に酸処理を行い, コラーゲンそのものの変性が存在するかを検討した. 実験2.コラーゲン単体を用いた分析 シグマ社製のコラーゲン(シグマタイプI)を試料として用いた. 実験1と同様に酸処理, IR分析を行った. 分析の結果, リン酸, 塩酸で処理したものでは, コラーゲン中のグリシン残基やアラニン残基が結合した2級アミド部分で, ペプチド結合の開裂が起こっていることが示唆された. また, ブレイン酸処理を行ったものではコラーゲンのべプチド結合の開裂がほとんど起こらないことが明らかになった. 実験3.モデルコラーゲンを用いた分析 ペプチド結合の開裂についてより詳細な解析を行うため, モデルコラーゲン(Pro-Pro-Gly)_5・4H_2O (ペプチド研究所, 以下PPGと略す.)を用いてNMR分析を行った. NMR機器は600MHzのBruker AM600を用いた. 溶媒はD_2O, 内部標準にはDSSを用いた. D_2Oで1Nに調整した塩酸0.4mlに対して25mgの試料を溶解させ, 1時間酸処理を行い, D_2Oで1Nに調整した水酸化ナトリウムでpH5.7に調整したものをNMR分析した. 二次元NMRであるリレーCOSY, H-C HOHAHAによってPPGの正確な帰属を行うことに成功した. 分析の結果, カルボニル炭素の領域において, 若干の変化はみられるものの, コラーゲンの変性を示唆するような変化はほとんどみられなかった. すなわち, このモデルコラーゲンに含まれる2級アミド部分であるPro-Glyのユニットでは, ペプチド結合の開裂はほとんど起こらないことが考えられた. 本研究ではコラーゲンの酸処理に関する重要な知見として, 1)コラーゲンはマレイシ酸処理ではほとんどペプチド結合の開裂が起こらない, 2)コラーゲンはリン酸や塩酸で処理すると, ペプチド結合の2級アミド部分で結合の開裂が起こる, 3)Pro-Glyという構成単位の2級アミド部分ではペプチド結合の開裂がほとんど起こらない, ことが明らかになった.
- 1995-04-25