アレイ電極により推定した咬筋の神経筋接合部の分布
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概要
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筋において発生する活動電位は皮膚表面上まで伝播し, 特有の電位波形として観察することができる. この活動電位を皮膚表面上に配置した多数の電極で同時計測すれば, いわゆる逆推定問題として, 電位の発生源である深部器官の活動状態を正確に把握することができる. 咀嚼筋において, 筋の電気的な情報を簡便にかつ迅速にとらえることができることから, 表面筋電図による診査が用いられる. しかし, 咀嚼筋の中でも特に咬筋では, 計測部位の違いによって表面筋電図の振幅値や周波数成分に変化が生じる. この原因として, 腱組織や神経筋接合部 (end-plate) などの解剖学的な影響があげられる. 本研究では, 咬筋のend-plateに着目し, その分布する位置を表面から明らかにするため, 多極の表面電極によって重なって走行する筋群の筋電位をとらえた. そして導出した複合波形から個々の筋活動を分離・特定し, 活動電位の伝播する様相を観察した. また, end-plateの位置と各部位での筋活動量とを対比し, それらの関連について検討した. 被験者は18名 (24〜29歳) の顎機能異常の認めない成人有歯顎者で, 記録に用いた電極は直径1mm, 長さ10mmのステンレス線を5mm間隔で12本平行に配置したアレイ電極で, 左右側咬筋相当部皮膚表面上に電極アレイの長軸を筋線維の走行に沿って貼付した. 実験は中心咬合位での等尺性の随意収縮下で行い, 最大収縮の10%から50%までの5段階での収縮強度で各々5秒間持続させた. 表面筋電位は隣接したチャンネルから生体電気アンプを用い, 時定数を0.003秒, 高域遮断周波数を1kHzとして, 60dBで, 片側ずつ11か所から同時に差動増幅し, 磁気記録した. 記録した筋電信号を, 1チャンネルあたりのサンプリング周波数20kHz, 解析時間1.5秒間として片側ずつ11チャンネル同時にA/Dコンバータにてデジタル量に変換し, マイクロコンピュータに転送した. 筋活動量は筋電位出力の実効値, すなわちRMS値により評価し, 各部位ごとに算出した. End-plateは, 運動単位活動電位 (MUAP) の位相が逆転する位置であることから, 各MUAPをトリガとした加算平均法を用いてその発生源を推定した. その結果, 以下の知見を得た. 1. 咬筋での筋活動は部位によって異なり, 上方ではいずれの収縮強度でも活動が低かった. この差異は収縮強度が高い場合ほど著明であった. また, end-plate付近では他の部位に比べて, 電極の微妙な位置的変化によって筋活動が大きく変化した. 2. 低い収縮強度では, 筋中央部より下方でMUAPが筋線維上を伝播する様相が観察されたが, 上方では認められなかった. 3. 加算平均処理により電気的に推定したend-plateは, 頬骨弓下縁から40〜50mmの範囲に多く分布していた. 4. 収縮強度を変化させるとend-plateの位置も変化し, すべてのend-plateが線状に整列しているのではなく, ある程度の幅をもって帯状に分布していた. また, end-plateの位置の左右差は, 10%MVCでやや変動はあったが, その他の収縮強度では平均値で5mm以内のばらつきであった. 以上のことから, 咬筋の筋電位診査に際して臨床上有効な情報を得るには, 電極密度を高めた多点表面電極法によるMUAPの観察を行う必要があることが分かった.
- 1990-10-25