<学位論文要旨>霊長類における海馬傍回の視覚機能に関する研究
スポンサーリンク
概要
- 論文の詳細を見る
第1章霊長類の海馬傍回に関する研究の現状と本研究の目的 私たちが日常生活を送る上で, ある地点から目的地まで迷わずに移動することは重要な能力の一つである。このようなナビゲーションに関する処理がどのようにおこなわれているかを理解することを通じて, 迷いにくく快適で利用しやすい環境の設計や, しばしば道に迷ってしまう人が適切にナビゲーション行動をおこなうことに貢献することができるものと思われる。さまざまな認知過程の解明へのアプローチの1つに, 神経科学的なアプローチをあげることができる。このアプローチをナビゲーション過程の解明に適用することができる。ナビゲーション過程ヘの神経科学的アプローチの1つである神経心理学的研究から, 脳梗塞などが原因で特定の脳領域に損傷を受けた患者が, その他の認知的能力(e.g.物体の認識, 顔の認識など)は正常であるが, ナビゲーションに障害をきたす場合があることが知られている。このことから, ナビゲーションに関する処理過程はその他の認知過程とは独立しており, その処理に特化した脳領域が存在していることがわかる。その原因となる損傷部位の1つとして海馬傍回と呼ばれる脳領域があげられている(e.g., Habib&Sirigu, 1987)。ナビゲーション過程と海馬傍回の関わりは, 健常者を対象にした脳機能画像による研究においても認められている(e.g., Aguirre&D'Esposito, 1997; Epstein&Kanwisher, 1998)。海馬傍回でおこなわれる情報処理を理解することは, ナビゲーションに関する処理過程の解明につながる。本研究は, 海馬傍回の機能に注目するものである。目的地まで迷わず移動するためには, 現在いる地点から見た風景を認識し,今いるところがどこかを知ることがまず必要である。そして, 現在いる地点からの目的地の方角を認識し, どちらに行けばいいかを判断することが必要である。脳に損傷を受け道に迷うようになった患者は, 風景を認識すること, 目的地の方角の認識することのどちらかあるいは両方に障害が認められる。これらのうち, 前者の風景を認識することの障害は, 海馬傍回の損傷で生じると考えられている。海馬傍回は側頭葉の腹側のより内側に位置する領域で, 海馬の周辺にあるために一般にそう呼ばれる。風景の認識には, その風景に含まれる対象物(建物, 木, 川など)の認識と, その対象物の空間的配置の認識の両方が関与していると考えられる。眼から入力された視覚情報は, 後頭葉の第一次視覚野に達した後, 形・色などの形態的な情報が側頭葉に向かって, 空間的な情報が頭頂葉に向かって分割して伝達・処理されていくと考えられている。海馬傍回は側頭葉の領域でありながら, 頭頂葉とも結合しており, 視覚対象の形態的な情報だけではなく空間的な情報も受け取っていると考えられる。このように海馬傍回は, 形態的な情報と空間的な情報が収斂する領域であり, 風景の認識に関与することが示唆されているが, 風景の認識においてどのような視覚的処理がおこなわれているのかは明らかにされていない。そこで, 海馬傍回の視覚機能を明らかにすることを目的とし, 二つのテーマで研究をおこなった。第一に, 健常なヒトの脳のどの領域が風景の認識に関与し, どのような視覚的処理がおこなわれているのかについて検討した。第二に, サル海馬傍回の神経細胞の視覚刺激に対する応答特性について電気生理学的に調べ, 風景認識の基礎となる視覚情報処理過程を検討した。 第2章脳機能画像を用いた風景の視覚的処理の検討 健常者を対象に, どのように風景の視覚的処理がおこなわれているのかを明らかにするために, 2つの脳機能画像の手法を用いて, 風景(最寄りの駅, 大学の建物など)および顔の画像に対するヒト脳の応答について調べた。顔の処理に関する研究は数多くなされているので, 風景の脳内処理について, 顔の脳内処理との共通点および相違点を通して明らかにしていくことが可能であると思われる。空間的分解能に優れた陽電子放射断層撮影(positron emission tomography, PET)を用いて, 風景および顔の画像の処理がおこなわれる脳領域について調べた。その結果, 風景の画像に対しては海馬傍回が賦活され, 顔の画像に対しては後頭-側頭領域(紡錘状回)が賦活されることがわかった。海馬傍回が風景の画像に対して特異的に応答したことから, 健常者においても海馬傍回が風景の処理に関与していることを確認することができた。また, 顔あるいは風景といった視覚対象によらず, なじみのある/ないといった判断をおこなう視覚的な再認過程に関係する脳領域として側頭極皮質の賦活が認められた。次に, 風景の処理の時間的な特性について検討するために, 時間分解能に優れた脳磁図(magnetoencephalography, MEG)を用いて, 風景および顔の画像が呈示されてから, それぞれに対する応答が現れるまでの時間を計測した。
- 2000-12-28
著者
関連論文
- ナビゲーションに関連したサル頭頂葉内側部ニューロン (未来をひらく脳科学のススメ(第5回)脳と環境とのインタラクションに挑む技術(2))
- P-2B-34 サルにおけるバーチャル空間のナビゲーション(日本動物心理学会第61回大会発表要旨)
- アイコンタクト中に応答する運動前野ニューロン(テーマセッション : 実・仮想空間の知覚・認知,「実・仮想空間の知覚・認知」及び一般)
- 霊長類における海馬傍回の視覚機能に関する研究
- ニューヨーク州は意外と大きいんです
- 田積・西条・小野論文へのコメント (特集:感情の神経科学)
- 霊長類の海馬傍回と風景の認識
- O-4-5 ラットのDRLLスケジュールにおける観察反応(日本動物心理学会第56回大会発表要旨)
- 刺激出現頻度がラットの聴覚誘発電位に及ぼす影響
- ヒト以外の動物のエピソード的(episodic-like)記憶 : —WWW記憶と心的時間旅行—
- 企画の趣旨(コモンマーモセットを用いた霊長類研究の動向,第29回大会 特別講演2)
- 情動による空間的注意の時間変動 : 解放から抑制へ(日本基礎心理学会第30回大会,大会発表要旨)