<学位論文要旨>自己評価に関する自他の相互影響過程と精神的健康との関連
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概要
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従来,自己過程と健康との関連について多くの研究が行われてきた(遠藤, 1995)。それらの研究の多くは,自己についての安定的な認識を持つことが,そして,自己についてより高い評価を持つことが,人が健康に過ごすための重要な条件であることを明らかにしてきた(Taylor&Brown, 1994)。これらの知見の重要性はあらためて指摘するまでもないことではある。しかしながら,自己についての評価の重要な源泉である他者と自己との間で自己評価をめぐってどのような交渉が行われるかに着目し,その交渉のあり方が自己評価にいかなる影響を及ぼすのか,そして自己評価が健康に対してどのような影響を及ぼすのかを詳細に検討した研究は,極めて少数である。このような社会的相互作用と自己内過程とのダイナミックな関係性について詳細に検討することは,単に自己過程についてのわれわれの理解を促進するのみならず,社会的相互作用と適応との関連についての諸研究に対しても,多くの示唆を提供するものとなろう。本研究では,このような観点から,刻々と変化する対人関係の中で機能する自己を研究対象とし,社会的な環境の重要な要素である他者が自己に影響を与え,同時に自己が他者に働きかける相互影響過程を主要な分析の対象とした。そして,そのような自己評価に関する自己と他者との相互影響過程のあり方が,個人の精神的健康にいかなる影響を及ぼすかについて検討することを主要な目的とした。このように,自己評価を自己と他者とが相互に影響しあって形成されるものと捉え,その過程と個人の精神的健康との関連について検討しようとするとき,Swann (1987)によるアイデンティティー交渉についての理論的枠組みが有効である。この枠組みにおいては,まず,自己評価と自己に対する他者の評価との間にズレが存在する事態を,個人の精神的健康にとっての脅威事態と捉える。その上で,人はズレを低減させるよう動機づけられ,次の2つのズレ低減過程を用いて脅威事態から逃れようとすると想定している。1つは,自己評価に他者の評価を近づける過程であり,もう1つは,他者の評価に自己評価を近づける過程である。前者は自己確証の過程と呼ばれ,後者は評価の過程と呼ばれる。本研究では,このアイデンティティー交渉についての理論枠組みを用い,上述した自己評価に関する自他の相互影響過程が,個人の精神的健康に与える影響について検討した。この枠組みを用いた実証研究はわずかしかなく,また交渉と精神的健康との関連についての研究は未だない。そこで,本研究では,交渉プロセスの詳細について分析し,さらにこのプロセスが如何に機能することが個人の精神的健康につながるかについて検討した。 第1章自己評価に関する自他の相互影響過程と精神的健康との関連についての研究の現状と本研究の目的 本章では,自己と他者,そして精神的健康との関連について,これまで個別に行われてきた研究領域における諸研究について概観した。これら個別的な研究領域とは,大きく分けて,次の3つの領域であった。第1の領域は,自己と精神的健康との関連についての領域。次に挙げられるのが,社会的相互作用と精神的健康との関連についての領域。そして,最後に,自己と他者との相互影響過程についての領域の研究がレビューされた。以上の諸研究についての検討を通して,自己と他者,そして精神的健康の三者が,密接な連関を形作っているにもかかわらず,これまで統合的な視点による検討が十分に行われてこなかったことを示した。そして,このような観点から,アイデンティティー交渉の理論的枠組みを用い,「自己評価に関する自他の相互影響過程と精神的健康との関連」という,本研究の主要な問題を検討することの意義について提案した。 第2章自己評価に関する自他の相互影響過程の変容についての検討 本章では,自己評価に関する自他の相互影響過程について,Swann (1987)のアイデンティティー交渉の理論枠組みを用い,交渉過程の変容について検討した。具体的には,アイデンティティー交渉過程の変容について,二者関係の進展段階に着目し,二者関係の初期と安定期とでは,交渉過程に差異があるかについて検討した。仮説は,以下の2つであった。1つは,二者関係の初期に関する仮説であり,この時期は自己評価に関する自他の認知のズレが大きいために,それを低減するための交渉が行われるだろうというものである。2つ目は安定期に関する仮説であり,この時期は交渉を終えた時期で,ズレそのものが小さいために,活発な交渉は行われないだろうというものである。大学1年生を対象とした,計4回にわたる縦断的な調査によって仮説を支持する結果が得られた。
- 2000-12-28