<学位論文要旨>蝶類成虫の採餌行動を制御する遠隔化学刺激に関する化学的・行動生理学的研究
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概要
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第1章序論 送粉生態系や花を巡る共進化の基礎的要因を明らかにする上で,訪花性昆虫の採餌行動様式を調べることは重要な研究課題である。蝶類は,成虫の多くが花を吸蜜に訪れ,送粉者として植物の繁殖に貢献している。訪花(採餌)行動において,彼らは食物の視覚情報(色彩)を利用することが見いだされている。一方,食物の嗅覚情報(匂い)の役割はまだ十分に調べられていない。本研究では,以下の手法を用いて,蝶類成虫の採餌行動を遠隔的に制御する情報物質の探索を行った。まず,食物の匂いを化学分析し主要な成分を同定した。同定した化合物を嗅覚刺激として成虫に与え,生じる口吻伸展反射(Proboscis Extension Reflex : PER)から摂食行動を刺激する物質の探索を行った。また化合物を造花に賦香して,食物探索行動における匂いの効果を調べた。さらに,触角の嗅覚感受性を触角電図(Electroantennogram : EAG)法で調べ,採餌行動との関連を検討した。 第2章訪花性蝶類の採餌行動における花香の役割 蝶類成虫は特定の色彩を花と認知し,訪花行動を行うことが明らかにされている。しかし,彼らは同じ色彩の異なる花や造花を弁別し,選択的に花を訪れる。この事実から,花の嗅覚的な指標も訪花行動に関与する可能性が示唆される。本章では,モンシロチョウが異なる選好性を示す3種類の花について,花香成分が訪花行動に及ぼす影響を調べた。また,ギフチョウを用いて,吸蜜植物の花香に対する応答性を調べた。モンシロチョウは黄色の花を好むが,中でもアブラナの花に対して高い選好性を示す。この要因を明らかにするため,花香の役割を調べた。フェニルアセトアルデヒドなど5種類の花香成分は,成虫から中程度以上のPERを誘起し,賦香造花への誘引作用も示した。また,花弁の外縁部と基部は近紫外線の反射が異なっており,花冠の中心に円形の紫外線吸収部(蜜標)を見いだした。モンシロチョウは蜜標花を学習して花種固執性を発現することが報告されている。これら花の特徴の相互作用によって,アブラナヘの高い選好性が生じると結論した。モンシロチョウは黄色,青,紫の花に対して高い選好性を示すが,しばしばネズミモチの花(白色)で吸蜜する。花香から同定した22成分中,2-フェニルエタノールなど5成分は相対的に高いPER活性を示した。また,PER活性物質は成虫を造花に誘引し,採餌行動を引き起こした。よって,成虫はネズミモチ花香の特定成分を訪花行動に利用することがわかった。キンモクセイの花は目立つ花色や強い花香を持っているにもかかわらず,訪れる昆虫種は少ない。そこで花香に忌避物質が存在すると仮定し,モンシロチョウを用いてその探索を試みた。2-フェニルエタノールを正の標準物質に用い,これに花香成分を添加してPERの抑制効果を調べた。その結果,γ-デカラクトンとリナロールオキサイドはPER抑制作用を示した。その賦香造花は有意な忌避作用を示したことから,これらをキンモクセイ花香の主要な忌避物質と結論した。ギフチョウ成虫のソメイヨシノ花香に対する応答性を調べた。花香は芳香族化合物を中心に構成されており,ベンズアルデヒドなど4成分が高いPER活性を示した。モンシロチョウとギフチョウは,訪花行動(食物探索行動と摂食行動)に花香を利用することがわかった。採餌行動を制御する化合物は,必ずしも高いEAG活性を示さなかった。これより,蝶類成虫の採餌行動において,化合物に対する嗅覚感受性と生理活性は対応しないことが示された。 第3章訪樹液性蝶類の採餌行動における樹液・腐果揮発性成分の役割 蝶類には,成虫が視覚的に目立たない樹液や腐果を食物とする訪樹液性の種がいる。しかし,その行動解発因子についてはこれまで殆ど調べられていない。そこで,樹液と腐果の匂いから,ルリタテハ(主に樹液や腐果を利用)とアカタテハ(主に花蜜を利用)の採餌行動を刺激する成分の探索を試みた。また,2種の食性の違いを嗅覚応答性の(種間)差から検討した。樹液の匂いから,主成分として酢酸とエタノールを,微量成分として種々の直鎖低級(脂肪族)アルコール,ケトールおよびカルボン酸を同定した。アカタテハはカルボン酸に対して高いPERを示した。一方,ルリタテハはアカタテハよりも多くの化合物に対してより強く反応した。PER活性物質の混合水溶液を塗布した樹木の模型は,無香の模型に比べて多くの成虫を誘引した。これより,彼らは樹液の匂いを利用して採餌行動を行うことが示された。バナナ,パイナップル,カキおよびイチジク腐果香気に対して,成虫は弱いながらもPERを示した。これらの香気成分として,樹液と共通の成分および様々な脂肪酸エステルを同定した。エステル成分の一部は高いPER・EAG活性を示したが,誘引作用は認められなかった。
- 2000-12-28