<学位論文要旨>細胞接着によるアポトーシスの回避機構 : インテグリンレセプター Mac-1 タンパク質の細胞内機能ドメインの解析
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概要
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血液細胞を構成する多くの細胞の中で,顆粒球あるいは単球・マクロファージは,生体防御網の第一線で機能し,体内に侵入した微生物を直接取り込み無毒化する貪食能を持っている。貪食細胞は,微生物などの外部刺激により活性化され,貪食に必要な活性酸素などを細胞内に蓄積する。これが万一細胞外に流出すると,生体自身の細胞が破壊される危険がある。この危険を回避するため,貪食細胞は必ずアポトーシスで(細胞の内容物が外に出ない)死滅するようにプログラムされている。即ち,微生物を貪食した後は直ちにアポトーシスで死滅するし,たとえ微生物の侵入が無くても自然にアポトーシスで死滅する,言わば使い捨ての細胞である。一方,微生物で活性化された貪食細胞は,微生物が侵入して炎症を起こしている組織へ遊走し組織の細胞に接着するが,貪食するまではアポトーシスを回避(サバイバル)し,何らかの原因で脱着した場合は急激にアポトーシスを起こす(アノイーキス)ものと考えられる。しかし,このように複雑,かつ動的な過程の実験を生体内で行うことはできず,これまで分子機構の研究は全く行われていない。ヒト骨髄性白血病細胞株HL-60やU937をフォルボールエステルで処理すると,単球・マクロファージ様細胞へ分化し,同時に活性化されてプラスチックに接着し,ラテックスビーズを貪食することは良く知られていた事実である。本研究は,プラスチックヘの接着が,プラスチックを貪食中の細胞過程が凍結されていると見なしてよいことを初めて指摘し,この実験系を使ってサバイバルとアノイーキスの分子機構を研究して興味ある結果を得ている。論文は7章からなる。第1章の序論では,ヒト白血病細胞U937のフォルボールエステル処理による単球様細胞への分化,β2インテグリンの発現とプラスチックヘの接着,接着細胞のサバイバル,浮遊細胞あるいは脱着した細胞のアノイーキス,細胞のアポトーシス/サバイバルの調節に対するスフィンゴ脂質の作用,など,本研究の背景を説明し,研究の目的と得られた成果の概要を述べている。第2章では,プラスチックヘの接着によるサバイバル,および接着を阻害された細胞のアポトーシスの実験結果を述べている。第3章では,β2インテグリンMac-1を構成するCD11bおよびCD18ヘテロダイマーの遺伝子のアンチセンスRNAを過剰発現させたU937細胞を調製し,β2インテグリンファミリーの中でMac-1が細胞接着とサバイバルに選択的に関与していることを証明している。以上の結果をふまえ,第4章では,サバイバルに必要なMac-1の細胞内機能ドメインを決定するため,CD11bの細胞内領域の種々の変異遺伝子を過剰発現させたU937細胞を調製し,それらのクローン細胞を用いて得られた結果を述べている。この解析により,1) Mac-1の細胞表面における発現に必要なドメイン,2)細胞接着に必要なドメイン,3)サバイバルに必要なドメイン,を決定した。細胞接着とサバイバルは常に相関していた。第5章では,浮遊細胞のアポトーシスは細胞膜のスフィンゴシンの増加により誘導され,接着によるサバイバルは,スフィンゴシン-1-キナーゼが接着により活性化されてスフィンゴシンが減少しスフィンゴシン-1-リン酸が増加した結果である,という可能性を示した。第6章では,本研究で得られた結果について,その生理的意義を中心に総合的に考察している。最後の7章では,癌細胞の分化誘導,インテグリン,アポトーシス,インテグリンによるサバイバルとアノイーキス,といった,それぞれ別個に急速に発展してきた諸分野で得られた最近の200編近い論文を引用し,本研究が,異なる研究分野の成果を総合し,広い視野に立って構築されていることが示された。ヒトの白血病細胞の薬剤処理による分化と増殖停止は20年近く研究されてきたが, 本論文は,複雑な貪食過程の分子機構の解明にせまる最初の重要な貢献である。
- 1998-12-28