中性子-陽子散乱の理論的解析
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概要
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物質の基本的相互作用には,重力相互作用,電磁相互作用,強い相互作用及び弱い相互作用の4種類があることが知られている。この4種類の相互作用は,初期宇宙においてビッグ・バンにより高温・高密度のクォーク流体が空間的に拡がるにつれ,四つの相転移によって枝分かれしたものであると考えられるに至っている。その内,電磁的相互作用と弱い相互作用の枝分かれ(第3の相転移)は,既に観測されたといって良い。第4の相転移であるクォーク・グルオン相からハドロン相への転移温度は,既に陽子シンクロトロン加速器による衝突エネルギー領域にあると考えられている。そこで,クォーク・グルオン流体からどのような形で陽子が誕生し,核物質が形成され,多くのハドロンが生まれるにいたったか,強い相互作用の詳細の解明に興味が持たれる。本研究はそのような強い相互作用の詳細を明らかにしようとする研究分野の一端を担うものである。1950年代になって,π中間子と陽子の衝突実験において,共鳴現象(Δ^<++>)が確認された。その後,非常に多くの中間子-核子及び中間子相互の共鳴粒子が発見された。これらの共鳴粒子はいずれも強い相互作用をすることから総称してハドロンと呼ばれる。ハドロンは,バリオン数(B)と呼ばれる量子数が1のバリオン(重粒子)と,バリオン数0のメソン(中間子)とに大別される。1956年,陽子,中性子,Λ粒子を基本粒子とし,ハドロンはこれらの基本粒子の複合状態とする坂田模型が発表され,Ogawa等によってU(3)理論に基づく質量公式が導かれた。しかし,この理論はメソンの質量分布の説明には成功したが,バリオンについてはうまくいかなかった。その後,Ge11-MannとZweigは,クォーク模型を提唱し,SU(3)理論によってハドロンの質量公式を導くことに成功した。これまでは,B=0及び1の粒子しか見つかっていなかったが,B=0と1以外の粒子の存在は許されないとする禁止則が見い出されているわけではない。 B=2のバリオン,すなわちダイバリオンが存在する可能性がある。1970年代の後半,米国アルゴンヌ研究所において陽子-陽子散乱のスピン偏極実験が行われ,陽子の実験室系の入射運動エネルギー T_L=1∿10 Gevの領域でスピン相関係数の測定がなされた。その結果,観測量の中に共鳴現象らしい構造がT_L=1∿2 GeVの領域で発見され,ダイバリオンの存在の可能性が指摘された。これら陽子-陽子散乱の実験データの位相差分析によってアイソスピンI=1チャンネルでは,^1D_2(M=2160MeV, Γ=40MeV)と^3F_3(M=2220MeV,Γ=120Mev)の部分波にダイバリオンの存在の可能性が示唆され(1),その後の研究によって認められてきている。近年,800MeV以下のエネルギー領域で中性子-陽子散乱の実験データの充実が著しく,いくつかのグループによって位相差分析が行われている。Hoshizaki et al.(2)は,その分析に基づいてI=0チャンネルにJ^ρ=1^-, M=2168MeV, Γ=25MeVのダイバリオンが存在する可能性を示唆している。また最近では800Mevから1100MeVのエネルギー領域でも,SATURNE II(仏)で中性子-陽子散乱の偏極実験が行われ,このエネルギー領域でも実験データがかなり充実してきている。本研究では,低エネルギーで開発された核子-核子散乱の位相差分析のソフトウェアを中間エネルギー領域に適用できる形に発展させ,それを用いてT_L=500∿1090Mevのエネルギー領域の中性子-陽子散乱の実験データの位相差分析を遂行した。その分析の詳細は,次の通りである。1)非弾性効果は,1GeV以下では99%1π中間子生成に依るが,1GeV以上ではηρ⟶d(ππ)^o反応の閾値効果などによって特定の部分波に吸収が強くでる可能性が生まれる。そこで,1GeV以上のデータの充実に伴う位相差分析の発展に備え,この反応の閾値効果を調べた。2)VerWest&Arndt(3)は,中性子-陽子非弾性散乱の全断面積(σγ)のI=1成分(σγ^<(o)>)は,アイソスピン不変性から800Mev以下で基本的に0と見なして,I=0チャンネルの非弾性共鳴は存在しないとした。これに対し,Bystricky et al.(4)は,アイソスピン不変性は壊れているとして,あらゆるデータからσγを導き出した。そして,600MeVで,σγ^<(o)>は,σγの約67%と評価し,I=0チャンネルの非弾性共鳴は存在し得るとしている。この主張の相違について検討を加えた。3)T_L=500∿1090MeVの領域で,実験データが充実しているエネルギー点の10ポイントで,位相差分析を行った。位相差分析にはsingle-energy analysis (SEA)と,energy-dependent analysis (EDA)とがある。データベースが充実していない場合は,EDAを行わざるを得ない。このエネルギー領域でデータが比較的充実している10ポイントを選び,各エネルギー点でSEAを実行して部分波振幅の決定を試みた。
- 広島大学の論文
- 1996-12-28