カラフトヒゲナガカミキリの個体群動態とニセマツノザインチュウの伝播に関する研究 : 冷涼な地域におけるマツ材線虫病激害化の阻害過程
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概要
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マツ材線虫病は,マツノザイセンチュウを病原体とする伝染病であり,マツノマダラカミキリおよびカラフトヒゲナガカミキリにより媒介される。マツノザイセンチュウは1900年代の初めに北アメリカから日本に侵入したと考えられる。一方,日本にはアカマツやクロマツに対して病原性の無いニセマツノザイセンチュウという在来種が生息し,媒介昆虫および寄主と安定した系を作っていたと考えられる。マツノザイセンチュウの侵入以前のニセマツノザイセンチュウを含む系に関する研究は,マツノザイセンチュウの侵入によってニセマツノザイセンチュウが駆逐されることからこれまでなされていない。ニセマツノザイセンチュウを含む系の理解は,日本各地で見られる激害型のマツ枯れを生態学的に微害化(土着病化)するための理論形成に必要であると考えられる。本研究は,広島県比婆郡高野町毛無山山麓のアカマツの1林分を調査林分とし,そこでのカラフトヒゲナガカミキリ,マツノマダラカミキリーニセマツノザイセンチュウーアカマツの系内の構成要素間の相互関係の記載と解析およびマツノザイセンチュウの侵入に対する上述の系の反応を実験的に明らかにして,冷涼な地域での材線虫病の激害化の阻害過程をその構成要素と相互関係によって理解するために行った。調査林分のカラフトヒゲナガカミキリ,マツノマダラカミキリーニセマツノザイセンチュウーアカマツの系の相互関係の記載と解析のために,2種のカミキリ成虫の脱出時期,2種のカミキリ成虫の密度の比較,衰弱木の発生原因とその時間的空間的分布および衰弱木に対する2種のカミキリ成虫の産卵とニセマツノザイセンチュウの伝播について調査を行った。また,カラフトヒゲナガカミキリからのニセマツノザイセンチュウの離脱とマツヘの伝播を実験的に解析した。2種のカミキリ成虫の脱出時期を比較するため,1993年から1995年の3,4月に高野町内でアカマツの枯死木を採集し,それからの成虫の脱出経過を調査した。カラフトヒゲナガカミキリ成虫の脱出は5月上旬または中旬から始まり,約20日間続いた。カラフトヒゲナガカミキリ成虫の脱出が終了してから10∿20日後に,マツノマダラカミキリ成虫の脱出が始まり,2種の成虫の脱出時期は重ならなかった。 1993年から1995年まで,粘着物を塗布したスクリーントラップを毎年5月の第1週から9月の最終週まで調査林分に設置することによって,2種のカミキリ成虫の相対的な密度を比較した。その結果,3年間でカラフトヒゲナガカミキリ成虫が12頭,マツノマダラカミキリ成虫が1頭捕獲できた。このことから,調査林分における主要な媒介昆虫がカラフトヒゲナガカミキリであることが示唆された。調査林分には,調査開始時に113本の健全なアカマツが存在した。その樹高と胸高直径の平均は,それぞれ,15.9mと16.2cmであった。調査林分での衰弱木の衰弱原因とその時間的空間的分布を調べるために,1993年から1995年の4月から11月までの毎月,調査林分のアカマツの樹脂滲出機能を調査した。本研究では樹脂滲出機能の停止したアカマツを衰弱木と定義した。 1993年から1995年までに調査林分で発生した19本の衰弱木の発生原因は,18本が被圧(光をめぐる種内もしくは種間の競争)であり1本が降雪に伴う幹折れであった。衰弱木の発生時期は1993年では4月,6月および9月であり,1994年では5月,8月,9月,10月および11月であり,1995年では4月,6月および8月であった。 1994年のデータをもとに衰弱木の空間分布を解析すると,衰弱木は25m^2を占める集団を形成し,その集団がランダムから一様に分布し,その集団内では集中的な分布を示した。次に,これらの衰弱木に対するカラフトヒゲナガカミキリの産卵とニセマツノザイセンチュウの伝播について調べた。 1993年から1995年に調査林分で発生した衰弱木のうち,4月から6月までに衰弱し始めた6本にカラフトヒゲナガカミキリの産卵が行われた。産卵の翌年,衰弱木からカラフトヒゲナガカミキリ成虫がニセマツノザイセンチュウを保持して脱出した。以上の結果から,調査林分において被圧や降雪によって生じる衰弱木のうち,衰弱し始める時期が4月から6月のアカマツは,この地域の主要な媒介昆虫であるカラフトヒゲナガカミキリの産卵に利用されることが示された。同時に,ニセマツノザイセンチュウが衰弱木に伝播され,その翌年カラフトヒゲナガカミキリ成虫がニセマツノザイセンチュウを保持して衰弱木から脱出することが示された。そこで,カラフトヒゲナガカミキリ成虫からのニセマツノザイセンチュウの離脱とマツヘの伝播を実験的に解析した。高野町産のアカマツ枯死木から脱出したカラフトヒゲナガカミキリ成虫を,屋外条件で個体飼育をした。
- 1996-12-28