光合成光化学系 II における環状電子移動と光阻害反応初期過程
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概要
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I.序論 光合成光化学系II(PSII)は高等植物チラコイド膜上に存在する蛋白質超複合体であり,光励起によって水から電子を奪う,光合成の初発反応の場である。 PSIIから放出された電子によって,最終的には還元力を持つNADPHが生成される。また,電子を受け渡す過程で生じたH^+濃度勾配を利用してATPが作られ,チラコイド膜上における光エネルギーの化学エネルギーヘの変換が完了する。PSIIと類似した構造と機能を持つと予想されている,光合成細菌(Rps. viridisおよびRb. sphaeroides)の光化学反応中心のX線結晶構造解析の成功により,PSII反応中心の構造および電子伝達機構が推定された。 PSIIは反応中心を構成するD1蛋白質とD2蛋白質の周囲にチトクロムb-559 (Cyt b-559), アンテナクロロフィル結合蛋白質であるCP43,CP47など20種類以上の蛋白質が結合している。 PSII内の通常の直線状電子移動経路では,クロロフィル2量体である反応中心(P680)が,光による電荷分離を起こしてP680^+となり,電子がフェオフィチンa, Q_A, さらにQ_Bへと受け渡される。Q_A, Q_Bの本体はどちらもプラストキノンA (PQ_A)である。 Q_Bは2個の電子と2個のH^+をそれぞれ得た後,チラコイド膜中のPQ_Aと入れ替わり,光合成光化学系Iへと電子が受け渡される。それと同時に,P680^+によってチロシン残基である第1電子供与体(Y_Z)が酸化され,生じたY_Z^+はさらにPSII内の水分解系と呼ばれる部分を通して水を酸化する。PSIIは強い光にさらされると光合成能が落ちる。これを光阻害という。近年,光阻害の機構に関する研究,特にPSII反応中心を構成するD1蛋白質の分解過程に関する研究が注目を集めてきた。しかし,D1蛋白質の分解にいたる前の初期過程及びその反応を防ぐための機構に関する研究は少なかった。この論文は,光阻害条件下での防御的な役割が予想されるPSII内環状電子移動と光阻害反応の初期過程との関連について行った研究をまとめたものである。II.環状電子移動 電荷分離で生じた電荷をPSII内で再結合させる電子移動を環状電子移動という。これは,水分解系が損傷して電子の供給が停止した場合や,チラコイド膜が還元型PQ_Aで充満してPSIIからの電子の放出が停止した場合,PSII内で電子をバイパスして反応性の高いラジカルを消去しPSIIを防御していると予想される。本研究ではPSII内環状電子移動の性質と機構に関して研究するために,光阻害時のモデル系としてPSIIの水分解系を除去した試料を用いて,レーザーフラッシュフォトリシス法で反応中心P680とQ_Aの酸化還元に伴う吸光度時間変化を観測した。その結果,水分解系の代わりとして人工電子供与体Mn^<2+>を加え,直線状電子移動のみ起こる条件にすると消滅する電子移動過程(P680^+再還元過程とQ_A^-再酸化過程でともに観測される半減期100∿200μsの成分)を観測した。これらが環状電子移動であると考えられる。これらのP680^+再還元過程,Q_A^-再酸化過程における環状電子移動量はともに酸化還元電位依存性(E_M≒430 mV)を示し,高電位側で増加した。これはPSII蛋白質複合体に存在するCyt b-559の高電位型(HP)の酸化還元電位とよく対応する。Cyt b-559は複数の電位型に変化しうるヘム蛋白質であり,従来から環状電子移動経路として機能しているのではないかという報告があった。しかしCyt b-559の酸化還元過程は,光照射に伴い還元と酸化が同時に起こるため,明確な還元及び酸化の速度定数を解析するのは極めて困難であった。今まで見積もられてきたCyt b-559経由の環状電子移動は半減期35∿100 msであり,直線状電子移動におけるQ_A^-→Q_B電子移動が100∿200μsの半減期で起こるのと比較してかなり遅く,その生理的意義は現在に至るも議論を呼んでいる。さらに,それぞれの100∿200μs成分の量は大きくpHの影響を受け,pH6.5を変化の中点として,高いpHでは増加した。ところが,Cyt b-559 HPの酸化還元電位はpH依存性ではないため,この現象はpHの影響を受ける別の因子の存在を示していた。その因子として非ヘム鉄を挙げられる。非ヘム鉄はQ_A, Q_B間に存在する機能の不明な鉄イオンであるが,その酸化還元電位(E_M≒400 mV, pH 7.0)が-60 mV/pH unitでpH変化することが報告されている。非ヘム鉄からCyt b-559への電子移動を考えた場合,pH 6.5のとき非ヘム鉄の電位はCyt b-559 HPの電位である430 mVと等しくなる。そのため,これ以下のpHでは,その電子移動が抑えられ,これ以上のpHでは,その電子移動が増大すると考えられる。これを裏付けるように,環状電子移動量は非ヘム鉄を持つ試料の方が,それを除去した試料の2倍近いpH変化を示した。これらの事実から環状電子移動とCyt b-559及び非ヘム鉄との関わりが明らかになった。
- 1996-12-28