<学位論文要旨>液体イオウにおける光誘起重合化とその緩和過程に関する研究
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概要
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液体イオウは159.4℃で八員環分子からなる分子性液体から鎖状高分子と八員環分子の混合状態へと重合転移を起こす。このとき色は黄色から赤色に変わり,粘性は3桁程増大する。転移直後,一本の鎖の長さは10^5原子にも達するが,鎖の割合は数パーセント程度である。転移後さらに温度を上げていくと,鎖の数は増大するが,一本あたりの鎖の長さは短くなっていく。そのため粘性は約180℃で極大となり,さらに高温では小さくなる。密度や比熱の測定からは転移温度のまわりでλ型に変化するという大きな異常が観測されている。また,光反射率や光吸収係数の測定からは,転移に伴う電子状態の変化が確認されている。重合化の素過程の問題に関しては,TobolskyとEisenbergによる,化学反応論的立場にたった理論があり,粘性の温度変化を定量的に説明することに成功している。彼らは,(I)八員環が開裂し八原子の短い鎖ができる八員環開裂過程,(II)できた八原子の鎖が別の八員環を攻撃し,これと繋がって八原子分長い鎖をつくり,この鎖がまた別の八員環を攻撃し,これと繋がってさらに八原子分長い鎮をつくるということを繰り返す重合伝播過程,の二つの過程に分けて議論している。しかしながら,これらはあくまでも一つのモデルであり,重合化の素過程を実験的に示した例は皆無に等しい。特に,重合化が起こるためにはまず八員環が開裂することが必要だと予想されるが,八員環開裂に至るまでの電子の励起過程から重合化の素過程を調べようとした試みはこれまでのところ,実験的にも理論的にも全くなかった。本研究は,液体イオウにレーザーを照射し,価電子帯最上部のLone pair電子を伝導帯に励起し,その後の過渡吸収スペクトルを測定することによって,(I)液体イオウのレーザー光照射による重合化の可能性を探る,(II)重合化が起こった場合,その緩和過程から重合化のダイナミクスに関する知見を得る,ことを目的として行われたものである。液体イオウの重合化に伴う変化を光吸収スペクトルで見ようとした場合,変化は高吸収領域に現われる。このため,液体試料の厚みを数μm以下に安定に保持する必要があり,このようなセルをいかにして作るかということが本研究において最も重要でかつ困難な点であった。われわれは,試料厚みが0.3および1.0μmの極薄の石英ガラス製光学セルを独自に開発,自作し,液体イオウのレーザー光照射による重合化に関する知見を得ることに成功した。励起光源には液体イオウの光学ギャップ以上のエネルギーをもつNd : YAGパルスレーザーの第三高調波355nmを用い,タングステンランプをプローブ光として,試料を通った後の透過光を分光し,光電子増倍管で検出する。実験は,目的に応じて,分光器を一定の波長に固定して透過光の時間変化を調べる測定と,5nm/sec.の速度で波長を変化させながら,ある波長領域の強度スペクトルを得る測定を行った。得られた結果をまとめると以下のようになる。(1)重合転移温度以下における光誘起現象試料厚み1.0μmのセルを用いて,分光器の波長を390nmに固定して透過光強度の時間変化を測定した結果,重合転移温度以下で単発のレーザーパルスを照射したとき,プローブ光の透過光強度が不連続に減少し,その後元の状態に緩和する,という光誘起現象を観測することができた。緩和の仕方は,レーザー光強度10mJ/pulseを境として大きく異なる。レーザー光強度が10mJ/pulseより大きいと,レーザーパルス照射後,まず緩和時間30秒程度の速い緩和が現われ,続いて緩和時間が数分から数十分の遅い緩和で緩和する,二段階の緩和が観測される。レーザー光強度が10mJ/pulsより小さいと,速い緩和は現われず,遅い緩和だけしか観測されない。この結果は,液体イオウに照射されるレーザー光強度によって,短寿命生成物か,あるいは長寿命生成物が生成され,短寿命生成物が生成された場合,一度,中間生成物としての長寿命生成物に構造緩和した後,もとの八員環分子に戻るということを示している。試料厚み1.0μmおよび0.3μmのセルを用いて,5nm/sec.の速度で波長を変化させながら,ある波長領域の強度スペクトルを得る測定を行った結果,短寿命生成物は鎖状高分子であることがわかった。またさらに,0.1mJ/pulseという微弱なレーザーパルスを10Hzで繰返し照射することによっても,鎖状高分子が生成されることを見出した。この微弱光照射で生じた重合化は,疑いもなくレーザー光の光の効果によって生じた現象であって,レーザー光照射に付随する熱的な効果で生じた現象ではない。このことによって,液体イオウにおいて光誘起重合転移が起こることを実験的に明確な形で初めて示すことができ,Lone pair電子の伝導帯への励起が液体イオウにおける重合化,特に八員環分子の不安定化に大きく関与しているという重要な知見を得ることができた。
- 1995-12-28
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