<学位論文要旨>ニワトリ胚前軟骨細胞の増殖と分化の調節機構
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概要
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脊椎動物の体の基本構造は未分化間充織からの軟骨形成に基づいて決定される。従って,未分化前軟骨細胞の,増殖と軟骨分化の調節メカニズムの研究が,発生における形態形成を理解するために必須である。このためには,軟骨細胞に分化する能力を持つ未分化な前軟骨細胞を多く集め,細胞培養条件下に安定に扱うこと,および実験条件下でこれの軟骨分化を調節できることがもっとも理想的である。しかしながら,このような細胞培養系は現在までに確立されていなかった。本研究では,まずこれを確立し,ついでこれを用いて未分化前軟骨細胞の増殖および軟骨分化に果たす塩基性繊維芽細胞増殖因子(bFGF)およびトランスフォーミング増殖因子ベータ(TGF-β)の調節機構を明らかにし,あわせて未分化前軟骨細胞自身が自らの増殖と分化を調節する因子を分泌していることを明らかにした。強膜繊維芽細胞は,胚体内では強膜軟骨細胞層を取り巻く結合組織を構成している。単層培養されると繊維芽細胞の形態を示して安定に増殖し,全く軟骨の形質を発現することはない。この細胞を,直接あるいは単層培養の後に,血清濃度10%,培養皿あたり2×10^3細胞の条件で軟寒天培養すると,クローン増殖した細胞が互いに接着しあって凝集した形態をとるコロニーと,球形の細胞が分散した形態をとるコロニーの2種類のコロニーが得られた。軟骨細胞の分化指標であるアルシアンブルーおよび軟骨プロテオグリカンであるPG-Hの抗体を用いてこれらのコロニーを染色すると,分散型のコロニーのみが陽性に染色され,分散型コロニーは軟骨に分化したコロニーであり,凝集型コロニーは分化していない繊維芽細胞のコロニーであることがわかった。以下,前者をC型(軟骨型)コロニー,後者をF型(繊維芽細胞型)コロニーと呼ぶこととした。なお,10%血清条件下の初代軟寒天培養で強膜繊維芽細胞からできるコロニーは,60%以上がC型コロニーであった。すなわち,(1)強膜繊維芽細胞は,少なくともそのポピュレーションの半分以上が軟骨に分化する能力を備えた未分化状態にある前軟骨細胞であること,(2)未分化状態を維持したまま単層培養下に安定に増殖することができること,(3)軟寒天内で培養されることにより軟骨細胞へと分化すること,が判った。この実験系を用いることによって,前軟骨細胞の増殖及び分化の調節機構についての新しい実験研究が可能となった。まず,軟寒天培養液の血清濃度を可能な限り減らして血清の影響を取り除いた上で,既知の増殖因子が強膜繊維芽細胞の増殖及び軟骨分化をどのように調節するか調べた。血清濃度2%,培養皿あたり2×10^3細胞の条件で強膜繊維芽細胞を軟寒天にまきこみ,bFGF,TGF-β,血小板由来増殖因子(PDGF),インシュリンを,それぞれ培養液に加えたところ,bFGFのみが顕著な細胞増殖促進活性を示してコロニー形成を促進し,さらにこのbFGFの働きによって増殖してできるコロニーはすべてF型コロニーであった。このbFGFのF型コロニーを形成させる作用,すなわちC型コロニーの形成を抑えつつ細胞を増殖させる作用はきわめて強く,血清濃度10%の,血清中の軟骨分化因子が強く働く条件でも,できてくるコロニーのほとんどをF型コロニーにさせる働きがあった。なお,TGF-βは,強膜繊維芽細胞に対してコロニー形成促進活性はなかったが,bFGFと同時に加えるとコロニー形成を抑制することがわかった。次に,未分化前軟骨細胞ではなく,すでに軟骨分化を終えた軟骨細胞である強膜軟骨細胞について,これらの働きを調べた。血清濃度10%,培養皿あたり2×10^3細胞の条件下で軟寒天培養すると,強膜軟骨細胞からはC型コロニーのみが形成され,さらに培養を続けると細胞が肥大化した。一方,血清濃度2%,培養皿あたり2×10^3細胞の条件でこの細胞をbFGFと共に培養すると,前軟骨細胞の場合と同様にコロニー形成を著しく促進した。なお,形成されたコロニーはすべて軟骨の分化形質を発現し,決して脱分化が起こることはなかったが,軟骨細胞の肥大化が抑制されていた。TGF-βは,強膜軟骨細胞においても単独ではコロニー形成促進活性を示さないが,bFGFと同時に加えると強膜繊維芽細胞とは逆に,bFGFの増殖促進効果を相乗的に強めることがわかった。強膜繊維芽細胞は,単層培養条件下では,自ら増殖因子を分泌しオートクライン的に増殖することができる。そこで,軟寒天培養下でも,2%の血清条件下で細胞まきこみ数を通常の10倍の,培養皿あたり2×10^4細胞として培養したところ,コロニー形成率は5倍以上に上昇することが判った。また,この時のコロニーのほとんどはF型であった。このことから,この細胞が軟寒天中でもなんらかの細胞増殖因子をオートクライン的に分泌していること,及びその働きはbFGFに似て軟骨分化には阻害的である可能性が考えられた。
- 1993-12-31