<学位論文要旨>繊毛虫ブレファリズマの細胞運動に関する研究
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概要
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微小管はあらゆる真核細胞において,細胞運動に関与し,細胞骨格としても重要な働きをする基本的な機能単位として広く知られている。最も代表的な例では,繊毛の軸糸微小管として繊毛運動に関与するもの,細胞分裂の装置として働くもの,そして神経軸索内の顆粒移動に関わるものがあげられる。なかでも,繊毛や鞭毛の運動機構を解明することは細胞走性との関連も含めて注目を集めるところである。また,こうした微小管より構成される細胞内器官の運動制御・調節機構を理解することは,微小管の生物界における広範な分布ゆえに注目されている。原生動物の繊毛虫類では,細胞表層によく発達した微小管のシートや束の存在が知られており,このようなシートや束を構成する微小管は,細胞変形運動に関係する機能単位として存在すると考えられている。繊毛や鞭毛の運動が多様で複雑なものであるのに対して,このような微小管のシートや束による運動は2次元的でより単純な系であり,繊毛や鞭毛の運動を解析する上でのよいモデル系となり得る。したがって,こうした微小管の運動制御・調節を生理・生化学的に調べて行くことは,現在注目されている繊毛や鞭毛の運動制御の機構を明らかにする上で,別の視点から新しい有用な知見を与えるものであると考える。本研究では,光刺激により細胞伸長反応を示す繊毛虫Blepharismaを用いた。現在までのところ,この細胞における細胞伸長の原動力は,細胞表層に存在する微小管繊維に起因するであろうと考えられている。したがって,まず第一に,この細胞伸長を引き起こす条件を,特殊な電極や薬物を用いることにより,細胞生理学的に調べた。次いで,第二に細胞表層の繊維系を超微形態学的に詳細に調べ,伸長時と収縮時での形態的差異,および繊維の配向状態の十分な把握を行った。さらに,第三段階として細胞を抽出したり破壊することにより得られた細胞モデルや単離繊維の活性化に要する条件を調べることによって,この細胞伸長反応を調節制御する機構を検討した。繊毛虫異毛類に属するBlepharisma japonicumは,光刺激(1,000-3,000 lux)により細胞の長軸方向への変形,すなわち細胞伸長反応を示すことが知られている。この光刺激により誘導される反応は,環状モノヌクレオチドPDEの阻害剤として知られる一連の薬物によって阻害された。こうした阻害剤の導く効果としては,環状モノヌクレオチドの細胞内濃度上昇が考えられる。そこで,細胞内注入による環状ヌクレオチドの影響を調べたところ,cGMPの効果が最も顕著であり,細胞伸長反応を一過的に阻害した。また,カリウムイオン特異的イオノフォアとして知られるバリノマイシンは,光刺激の有無に関わらず細胞伸長反応を誘導し,環状モノヌクレオチドPDEの阻害剤による細胞伸長反応の阻害効果を,打ち消すことが判った。これらの結果は,細胞の電気的変化(過分極性)が,環状モノヌクレオチドの細胞内での減少により誘導され,細胞伸長につながるという過程を暗示する。こうした細胞における電気現象を考えていく上で,細胞の膜電位を測定することは,必要不可欠である。そこで本研究では,特殊な電極を用いての細胞膜電位の測定を試みた。脂溶性イオンであるTPP^+は,Blepharismaの膜電位に依存して細胞内に出入りする。このイオンの性質を利用して,間接的に細胞の電位を測定するというのがこの電極の概要であるが,方法的にはTPPイオンを選択的に通す膜をもった電極を用いるだけで,非常に簡便なものである。2×10^<-6>MのTPPを含んだ実験溶液中で,細胞はこのTPPイオンを取り込み,光刺激によりTPPイオンを放出した。こうしたTPPイオンの放出は,細胞の脱分極性応答を反映しているが,細胞伸長を誘発するとして知られる薬物(10^<-6>Mバリノマイシン,5×10^<-3>MCaCl_2,5×10^<-3>MCoCl_2)が外液に加えられたときには,常に観察された。また,このような細胞伸長反応は,電気刺激によっても誘発されることが判明した。こうした結果は,この伸長反応の過程における電気的現象の重要性を物語っているようにもとれるが,細胞が興奮するときに出入りするイオンに重要な鍵があることを示しているようでもある。Parameciumの光驚動反応においては,光受容電位としてカルシウムイオン依存性の電位変化が知られているが,こうした細胞内のセカンドメッセンジャーとして知られるイオン関与の可能性は十分に考え得る。細胞モデルを用いた実験結果によると,伸長に必要なものはMg-ATPであり,このとき細胞は細胞前端部方向へ向かって遊泳している。一方,モデルを10^<-6>M以上のカルシウムを含んだ溶液にさらすと,細胞は収縮し回転遊泳をしていた。これらの事実は,この細胞が光驚動反応時の細胞内変化を反映していると考えられる。
- 広島大学の論文
- 1992-12-31