<学位論文要旨>アラキドン酸ヒドロペルオキシドによる血管内皮細胞障害
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概要
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血管内皮細胞障害は, 血栓症や動脈硬化症など種々の循環噐疾患の初期病変として注目されており, その障害因子の検索や障害メカニズムの解明さらには障害予防薬の探索は重要な研究課題であると考えられている。本研究では, まずin vitroで血管内皮細胞障害を判定できる実験系の検討を行った。ウシ頚動脈由来の培養血管内皮細胞を[^<51>Cr]クロム酸ナトリウムで標識し, 障害により細胞から遊離される放射能を測定して内皮細胞障害の指標とした。種々のアラキドン酸代謝物の内皮細胞障害作用について調べたところ, ほとんどのアラキドン酸代謝物は細胞障害作用を示さなかったが, リポキシゲナーゼ代謝物の一つである15-ビドロペルオキシエイコサテトラエン酸(15-HPETE)が極めて強力な内皮細胞障害作用を示すことを見い出した。この15-HPETEによる内皮細胞障害作用は時間, 濃度および温度依存性を示した。また, 12-HPETEにも15-PETEと同じ程度の内皮細胞障害作用が見られたが, 過酸化水素やt-ブチルヒドロペルオキシドはこれらのアラキドン酸ヒドロペルオキシドに比べて障害作用が弱かった(1)。次に, この15-HPETEによる血管内皮細胞障害のメカニズムを解明するため, 以下の検討を行った。15-HPETEは, 内皮細胞で産生されて細胞保護作用を示すプロスタサイクリン(PGI_2)の強力な産生阻害剤であるので, まず, 本細胞障害とPGI_2との関連性について調べた。内皮細胞に15-HPETEを添加すると, 細胞障害とともに顕著なPGI_2産生の抑制が認められた。しかし, 15-HPETEによる内皮細胞の障害作用とPGI_2産生の抑制作用との間には, 時間依存性および濃度依存性において明らかな差が観察された。また, 内皮細胞を予めアスピリンで処理してPGI_2の産生を完全に抑制しておいた場合でも15-HPETEによる内皮細胞障害は増悪されなかった。さらに, PGI_2誘導体を添加しても本細胞障害は抑制されなかった。以上の結果より, 15-HPETEによる血管内皮細胞障害のメカニズムにPGI_2が関与している可能性は低いものと推察された(2)。そこで, [^3H]で標識した15-HPETEを用いて, 内皮細胞への取り込みと細胞障害との関連性について調べた。その結果, [^3H] 15-HPETEが経時的に細胞内リン脂質画分へ取り込まれることを見い出し, この細胞内への取り込みと細胞障害の発現との間に緊密な関係があることも判った。さらに, リン脂質内に取り込まれた[^3H] 15-HPETEの一部が[^3H] 15-ヒドロキシエイコサテトラエン酸([^3H] 15-HETE)の形で存在することが確認された。また, 脂質過酸化反応の生成物であるマロンジアルデヒドが15-HPETE処理により顕著に増加していた。そこで, この15-HPETEによる内皮細胞障害に対する種々の薬剤の作用を調べたところ, ラジカルスカベンジャーや抗酸化剤, 鉄キレーターが濃度依存的に内皮細胞の障害を抑制し, さらにこれらの薬剤は15-HPETEによる脂質過酸化反応をも強力に抑制した。以上の結果より, 15-HPETEによる血管内皮細胞の障害機構に, 細胞内に取り込まれた15-HPETEによる膜の脂質過酸化反応が重要な役割を果たしていることが明らかになった(3)。血管内皮細胞は酸化的ストレスから細胞自身を保護するために防御システムとして種々の活性酸素消去系を保持している。そこで, 15-HPETEによる血管内皮細胞障害に対するこの活性酸素消去系の作用について調べた。カタラーゼおよびスーパーオキシドジスムターゼはこの細胞障害に対して全く防御作用を示さなかったが, 還元型グルタチオン(GSH)は濃度依存的に15-HPETEによる内皮細胞障害を抑制した。そこで, 細胞内におけるGSHレベルと内皮細胞障害との関係を調べたところ, 15-HPETEによる内皮細胞の障害作用は細胞内のGSHレベルに依存していることが明らかになった。また, 内皮細胞による15-HPETEから15-HETEへの変換も細胞内のGSHレベルに依存していた。さらに, 内皮細胞への15-HPETEの添加はGSHペルオキシダーゼ活性の顕著な低下を引き起こし, 一方, セレンなどのGSHペルオキシダーゼ活性化剤はこの細胞障害を強力に抑制した。以上の結果より, 15-HPETEによる血管内皮細胞障害の防御機構に, GSH/GSHペルオキシダーゼ系が関与している可能性が強く示唆された(4)。以上, 生体内における脂質ペルオキシドの一種であるアラキドン酸ヒドロペルオキシドによる血管内皮細胞の障害について検討し, 以下の結論を得た。(1) 15-HPETEによる内皮細胞の障害は, 過酸化水素やt-ブチルヒドロペルオキシドによる障害よりも顕著であった。(2) 内皮細胞の障害にPGI_2は関与していなかった。(3) 内皮細胞の障害に鉄依存性のラジカル反応を介した脂質過酸化反応が関与していることが示唆された。(4) 内皮細胞の障害に対して, GSH/GSHペルオキシダーゼ系が防御機構として重要な役割を果たしていることが判った。
- 1992-12-31